58. ミルクティー -side Yellow- ページ9
-side Yellow-
そんな風に日々を大切に過ごしていると、あっという間にツアーが始まるまで一ヶ月を切った。
なかなかの忙しさだ。
神経をすり減らす様な仕事が立て込むとメンタルが不安定になる。
いつもはすぐ切り替えられるような失敗を引きずったり、とっくに乗り越えたコンプレックスが目についたりしてしまう。
もっとこうすれば良かった。
なんであの時出来なかったんだろう。
俺がみんなの足引っ張ってる。
そんなどうしようもない考えが頭の中をぐるぐるする。
切り替えられなくて、気分が落ち込んだまま家に着いてしまった。
ふーっと息を吐いてドアを開ける。
『おかえり。』
ふわっと柔らかい笑みを浮かべたAちゃんが迎えてくれた。
「ただいま。」
いつも通り返事したつもりだったけど、Aちゃんにちょっと不審そうな顔をされた。
『……ご飯食べられる?』
一息置いていつもは聞かれないことを聞かれた。
「食欲ない、かも。」
隠しても仕方ないから素直に言った。
何かあったの?とは聞かれなかった。
『そっか。
じゃあ、ミルクティーでも飲まない?』
珍しい提案に驚いたけど、魅力的に感じてこくんと頷いた。
ソファで待っててと言ったAちゃんがキッチンに行く。
静かな部屋にお湯を沸かす音、茶葉を出すカサカサって音、食器を取り出す音、Aちゃんの小さな足音が心地よく響く。
聞こえてくる音に耳を傾けてぼーっとしていると、Aちゃんがマグカップを二つ持ってきてくれた。
『はい。はちみつ入り。』
愛用しているハリネズミが描かれたマグカップを渡される。
マグカップからほかほかの白い湯気が上がっているのが見える。
「ありがと。」
お礼を言って受け取ったマグカップが冷えた手をじんわり温める。
甘い香りが漂ってきて食欲を少し刺激した。
隣に座ったAちゃんがペンギンのマグカップをふうふうして一口飲んで、おいしいってぽつりと呟いた。
Aちゃんに続いてミルクティーに口をつける。
温かさと甘さが身に染みる。
Aちゃんも俺も無言でミルクティーを飲んだ。
ただ隣にいるだけなのになんでこんなに心が救われるんだろう。
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作者名:鞍月すみれ | 作成日時:2023年8月8日 18時