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78. 空っぽの部屋 -side Yellow- ページ29

-side Yellow-

 ガチャッ

自分でもよく分からない衝動に駆られてAちゃんの部屋のドアを開けた。
Aちゃんがいるような気がしたのかもしれない。
もちろんいないんだけど。

Aちゃんの荷物はそのままだった。
家を出る時と変わらない部屋に、Aちゃんだけがいない。
それだけなのに部屋が空っぽのように感じた。

Aちゃんは以前の記憶を取り戻して、この数ヶ月の記憶を失った。
俺と出会う前のAちゃんに戻った。
一緒に暮らしてたAちゃんは世界からいなくなった。
記憶喪失の間に増えたAちゃんの荷物と俺はぽつんと残されたままだ。

なんとなくAちゃんの部屋に入るのは憚られた。
そっとドアを閉じてリビングに引き返す。
ふっと気が抜けて、ソファに座る。

 カタンッ

肘にカンが当たって音を立てた。
撮った写真を入れている缶だった。

チェキで日常を切り取るのが二人の日課だった。

チェキの中の自分があまりにも幸せそうな笑顔で微笑んでいるのが見える。
Aちゃんもチェキの中で色んな表情をしている。

 起き抜けで眉間に皺が寄った不機嫌な顔。
 ソファでうとうとしてる寝顔。
 手で抑えきれない大きなあくびをする無防備な姿。
 歯磨きで頬が膨れた横顔。
 綺麗に磨かれた爪とすらっとした指が美しい手。
 ご機嫌に料理をする後ろ姿。
 固く閉まったジャムの瓶と格闘する姿。
 干し終わった洗濯物を満足そうに眺める横顔。
 小説を読む真剣な表情。
 チーズたっぷりのトーストを美味しそうに頬張る姿。

色んなAちゃんが写ってて一つ一つが胸を温かくする。

いつでも撮れるように、リビングのローテーブルの上がチェキの定位置にだった。
時間があるとき、ソファにふたり並んで撮った写真を見ながらおしゃべりするのが好きだった。

写真一枚一枚に思い出が詰まっていて、Aちゃんとの会話が鮮明に蘇ってくる。
写真の中には幸せな日々が続いていた。

その日々のあまりの眩しさに直視できなくて、見るのをやめた。
写真をそっと缶に戻して蓋を閉める。

顔を上げれば伽藍もとした部屋が寒々しくて、チェキの中に広がる部屋と同じだとは思えなかった。

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作者名:鞍月すみれ | 作成日時:2023年8月8日 18時

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