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自販機に向かおうと、中島さんの隣をすり抜けたところで、不意に手を引かれる。
驚いて顔を上げると、思ったより至近距離で中島さんの瞳がパチリとあう。彼は少し困ったような表情を見せると口を開いた
「逃げないであげてほしい」
「え、」
「仮に、Aさんの相手が俺と同じ立場の人間だったとして」
「…はい、仮に」
「色々あると思うけど、俺達はちゃんと覚悟を持って恋愛してるから、Aさんも、逃げないであげて」
真剣な瞳でそう告げられて、私は何も言えなくなってしまう。
私と風磨くんは立場が違う、だけどそれはお互いにだ。きっと私だけが悩んでるわけではない、解ってる…と思ってたけれど、私は今まで自分の気持ちを抑えなきゃって、そればかりだった。
固まる私を見て、中島さんは少しだけ顔を綻ばせると、慣れた手つきで自販機に小銭を入れてボタンを押す。
そこから落ちてきた飲み物を私に渡した
「はい、俺のおすすめ」
「…え、あ、ありがとうございます」
「まー、面倒だから早く仲直りしてっていうのが本音」
中島さんはそう言って、ふふ、と綺麗に笑う。
あぁもう今更だけど、やっぱりこの人は全てわかって居るんだな。
「…元気ですか、彼は」
「元気だよ、見た目だけは。」
風磨くんと連絡を取らなくなってからどのくらい経つんだろう
どんなに忙しくても、今まで風磨くんは毎日のように連絡をくれた。元々そんなにマメなタイプじゃ無さそうなのに、私はきっとたくさんの優しさをもらっていた
中島さんはその長い人差し指を自分の口元に寄せて、「あんま余計なこと言うと俺が怒られるから、今日のことは内緒ね」と緩やかに言った。
どこまでもアイドルな仕草がなんだかおかしくて、「はい」と私は笑った
中島さんが部屋に戻って行った後、私はその場の椅子に座ると、彼から貰った飲み物を開ける。
スッキリした後味に、胸がスッとする。おいしい。
ポケットに入れていたスマホを手に取る、新しいメッセージはきていない。
風磨くんとのトーク画面を開いて、文字を打とうと思った指は何も打てずに宙を舞う。
どうしよう、いまさら、何を言えばいいんだろうって、
私は小さく息を吐くと、スマホをまたポケットにねじ込んだ。
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作者名：しい | 作成日時：2022年9月10日 10時
