天邪鬼【中原中也】 (ページ25)

今日:4 hit、昨日:8 hit、合計:15,560 hit

二十四片ページ25

「ただの、上司ですよ」

視線を外してそう云った。

「…そうか」

中原はそれ以上追求せずに

「聞きてえことは聞けた。俺はもう帰るからな」
「…はい。ではまた明日」
「早く寝ろよ、治崎」
「判っていますよ」

手早く支度をして出ていく中原を治崎は玄関まで送った。
夜の闇に溶け込んでいく中原の後ろ姿を見てから玄関の扉を閉める。
そして座り込んでから涙を流した。

「ごめん、なさい。中原さん。ごめんなさい。本当のこと、云えなくて」

何度も謝りながら伝う涙を拭う。

「私、本当は…本当はッ」

同時刻、中原は携帯を忘れたことに気づき治崎の家へ引き返していた。
そして玄関に近づいた時

「…ごめん、なさい。私、本当は…本当はッ」

治崎の頼りなく震えた声が聞こえた。

「本当は…私は、何も、伝えられてない」

ドアノブへと伸ばした手が降ろされた。

「私は────が、────なのにッ！！」

その後は何度も謝り泣く声が聞こえ続けた。
中原は携帯を取りに這入ることなく自宅へ向かった。
自宅に這入り鍵を掛け、その場に座り込む。

「なん…だよ…」

自分の手で顔を覆う。
そして治崎の言葉を思い出す。

『私は中原さんが、好きなのにッ！！』

「どっちが本当なんだよ、治崎」

判んねェ、と呟き家へ上がった。