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「おう、近くにいたの?ほい傘」
「ありがとう、そうそう、さっきAzから連れ出した友達とすぐそこで飲んでたの。また傘忘れるところだった〜」
そんなことを言いながら笑う彼女に、おれは何て声を掛けたらいいか迷っていた、というより、固まっていたと言う方が正しいかもしれない。
そもそも彼女、おれに気づいていない。
「なんか飲んでく?」
「んん〜……!!帰るつもりだったけど、そうだね、傘のお礼に一杯」
「さっきも一杯だけ飲んでったな」
白い傘を店内の傘立てに戻しながら、彼女が答える。
「あはは、ごめんなさい、あの子と別のお店で予約取ってたから…また今度じっくり飲みにくるから許して」
ビールください、お手洗い借ります、と圭介さんに告げておれの横を過ぎる時に、少し目が合った彼女は固まるおれに軽く会釈をした。
トイレのドアが閉まる音を聞いて、慌てて圭介さんに聞く。
「常連さん!?」
「そうだけど、え?何あの子なの?」
「そうだよ!!…っていうかその顔、たぶん見当ついてた顔でしょ!」
「ははは。さっきも言った通り、お客さんの個人的な話はいくら相手が理であれ話せないのでね。出会うなら自力で出会っていただかないと」
マスターらしいことを言いながら慣れた手つきでグラスにビールを注ぐ。
まあマスターなんだけど。そして言ってることももっともだった。
最初から「それっぽい子」は見当がついていたけど、おれに言わずにいたってことか。
「あの子、付き合い長いんだよ。いくら理がいい奴とはいえ東京の娘みたいなあの子をはいどうぞと差し出すわけにはいかない。確証もないわけだから余計に」
「いやもう色々!おれそういうつもりじゃないし、お父さんになられても困るし、言ってることは確かなんだけどおれがこの2ヶ月どれだけ彼女に…
「彼女さんに会いたい話ですか?」
お手洗いから戻ってきた彼女は、歩きながら
ニコニコとおれに喋りかけ、少し離れた席に向かう。
「え…」
「さっきお店来た時も彼女が…って言ってたから…なんか二度も聞いちゃってごめんなさい。取り込み中ならわたし帰ったほうが…
「いやいやいや!いて!いてください!」
立ったままコートを脱がない彼女に思わずあわててハンガーを渡す。
ありがとうございます、と困ったように笑ってハンガーを受け取るその姿が、あの日傘を手渡した時とダブった。
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作者名:あこ | 作成日時:2021年12月14日 15時