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「なんで飴くれたの?」
「何でって…理由なんてないよ。傘渡してくれたとき、声が掠れてるように感じて。たまたま飴を買ってたから渡しただけで」
「メンバーすら誰も気づかないくらいの不調だったから驚いた」
いつも擦り切れるくらい聴いてるから流石にわかるよ、めちゃくちゃファンだもん、とようやくいつもの笑顔を見せ、キッチンに立ちコーヒーを淹れるAさんに聞く。
「へ〜そんなにおれのこと好きなんだ?」
彼女のかわいい反応を見たくて意地悪に言ったつもりが、振り返って目を丸くしたAさんは
「…いや?井口さんが好きというより、当たり前に箱推し?強いて一人選べと言うなら常田さん」
「え!!!」
予想もしない答えを返してきて、逆に驚かされてしまった。
声を上げるおれを見てあははっと大きな声で笑う。
本当になんなんだろうこの人は。
いつも肩透かしを食らう。捕まえたと思ったらするっとすり抜けて、おれの予想しない言動で惑わせる。
「は〜もうAさんって本当…」
ため息をついて、ありがと、と彼女が置いてくれたコーヒーをすすった。
「何?井口推しじゃなくてごめんって言えばいい?」
「好きだよ」
今度こそ君を捕まえたかった。
昨日散々聞いたよ、と言う彼女の手をとって、
「昨日のは…、そういうのとは違うじゃん」
「えっ…うそだったの?」
大げさにひどい、とふざける彼女に、思わず笑ってキスをして、
「本当に好き…たまらなく」
頬を撫でて見つめた。
「Aさんは?」
恥ずかしそうに俯いた顔をもう一度こちらに向かせ、お願い、言って?とわざと甘い声で囁く。
君が井口推しじゃなくても。
おれの声に弱いことは、昨日一晩かけてよーくわかったから。
観念したように、小さな声で「…好き」と答えるAさんを抱きしめ、そのまままたベッドへと手を引いて溶け合った。
君とおれの暮らす世界がちょっと違うことくらい、おれにもわかる。
でも、2人でいるときは。
2人のときだけは、こうして溶け合って、境目も何もかもなくなって、2人同じ気持ちで笑い合えたらいいな、これからも。
いつものくだらない話をして。
君の世界に僕も生きられるなら。
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作者名:あこ | 作成日時:2021年12月14日 15時