Don’t Wanna Fall In Love【HS】

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行き場のなかった苛立ちが抜けていくと同時に、

世界の彩度がひとつ、上がったような感覚。


どうして言うことを聞かないの、と困る顔を

横目で見ながら、そうさせているのは自分だけだと

どこか愉悦に浸っていたのかもしれない。



(でも、＿＿それは間違いだった)



プリントと課題の間、少しの休憩時間に

盗み見たAの目と交わるはずもなく、

しきりに携帯へ注がれている。



「誰見てんの」


「……んー、まって？」



心なしか嬉しそうな声音。ほんのちょっと

上がった語尾がらしくなく、かわいくて、

今すぐにでも携帯を奪ってしまいたくなる。


実際、聞かなくたって知っている。

『最近楽しそうですね』と毒づいたのは紛れもなく、

その画面でしなやかに躍動する男の存在なのだ。



「ねえ、先生」


「うん」


「先生ってば」


「おー……あ、なに？」


「Aちゃん」



刹那、まんまるに広がった瞳孔。

そう呼ばれてるのか、と気づいた頭は

こういう時ばかり察しがいいから嫌だ。


消された携帯の真っ黒い画面を

じっと見つめて、そっぽを向く。



「ごめんね、休憩終わってた？」


「そうですよ」


「…あれ、まだ時間あるじゃん」


「だってA携帯ばっか」



さっきも採点間違えてたし、やる気あんの。

冗談めかして放ったタメ口に軽く笑った

Aが、申し訳なさそうに首を振る。



「ただの目覚ましだよ」


「…俺といるのに」



嘆きにも似た呟きは、着信音にかき消された。

震える携帯を慌てて手に取ったAは

しばらく画面を見たまま固まっていたけれど、

そのまま切ってしまったようだ。



「今はジョングクとの時間だからね」



よかったの？ と目で問うた自分に向けられた笑み。

息を止めて納得しかけるたび、

"また"彼女にしてやられていると気づく。


ぶっきらぼうに「そう」と返した言葉以上に

はみ出そうな衝動を押し込んでいるのを、

Aはわかっているんだろうか。



＿＿だから、発信相手なんてどうでもよくて。

ちらと見えた『チョン・ホソク』が誰なのか、

細いゆびが喉をさわる意味だとか、

都合の良いこと以外はなにも知らずに＿＿



いまだけはその優しさに溺れていたかった。
　
　
　
「先生、もう終わりですよ」



授業を告げるアラームが鳴っても。
　
　
　

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