ep.30 ページ32
次の日も、また次の日も、Aは鷹見の部屋に足を運んだ。
それこそ初めは躊躇していたものの、最近は、行かなくてはあの人が壊れちゃう、と使命感のようになっていた。
最近の住民の会話は、
管理人が生気を失っている
管理人の笑顔を見てない
など、少々不信感を抱くような話題でもちきりだった。
そんな話は知らず、今日もAは鷹見の部屋へ行く。
｢Aさん、好き。俺から離れないで？｣
『……うん。そう、だね。
鷹見さんは、私がいないと、いけないんだ。』
虚ろな目をして、何かの呪文かのように呟く。
｢あ、そうだ。Aさんさ、俺の事、名前で呼んで？
啓悟。｣
『名前で……』
｢そ。その方が俺は嬉しいし。｣
『……啓悟。』
｢ありがと。｣
鷹見は嬉しそうにAの髪を撫でた。
｢Aさん、綺麗だよ。
俺のAさん。｣
『……』
｢……お人形さんみたいだね。悲しい目をしてる。
それが凄く綺麗だよ。｣
『……』
ここの所、Aの口数が明らかに減った。
鷹見の言う通り、人形になったように。
ちゃんとご飯は食べるし、仕事はする。
生活する上で支障はないが、コミュニケーションが上手くとれなくなってきたのだ。
鷹見以外の住民には、会話どころか挨拶もしなくなってきていた。
鷹見はそれすらもわかっていたのかのように、満足気に笑っていた。
鷹見が壊れてしまう前に、Aの方が先に壊れてしまった。
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作者名：飛べぬひじき | 作成日時：2020年2月18日 20時
