30 悲鳴嶼行冥 ページ31
半町ばかり岩を動かしたところで、どっと汗が吹き出してきた。でも、でも私はここで挫けるわけにはいかない。
「おりゃあああ!!」
叫び声を上げて、どうにかこうにか気持ちを奮い立たせる。頭に浮かぶのは家族、そして私をここまで引っ張りあげてくれた師範。大切にしたいものを全て思い出す。それが私の反復動作の鍵だ。
押し続けて一刻程経ったところで、ようやく一町動かすことに成功した。岩に抱きつくように、なだれ込む。どうにか息をして、疲れた体に酸素を取り込む。
短い呼吸音と、尋常ではない心拍音が耳を支配する。
「南無阿弥陀仏…」
その言葉とともに、岩に向いていた顔を反対側に体ごと動かされ、口に水を流し込まれた。
「あ、ありがとう…ござ…います…」
絶えず飲ませてくださるので、感謝の言葉が途切れ途切れになってしまう。もう大丈夫です、と伝えると悲鳴嶼行冥様は傾けていたヒョウタンに蓋をして腰に携えた。
「君で最後だ」
「え!?じゃあ他の方は…」
ほんの昨日まで他にも三人ほど隊士がいたはずだ。もしかして私が遅すぎたのだろうか…。
がっくり肩を落としていると、そこに温かく大きな手が置かれる。
「終えたといってもほんの半刻前だ。まだ中で休んでいるだろう」
「そうなんですね!教えて下さりありがとうございます!」
丁度昼食時なので、急げば共に食事を取れるだろう。ならば早く邸宅へ向かわなければ。
走り出そうとしたが、悲鳴嶼様に腕を掴まれてしまい動けなくなる。壁にぶつかってしまったかのように、前に進むことができない。
「今君の体は限界を迎えている。そのような行動は控えなさい」
「そ、そうですか…」
確かに体はへとへとだし、今無理をしたら今後に響いてしまうかもしれない。それに、食事は無理でもここを出ていくのに間に合い話せるかもしれないと思い直す。
「ではゆっくり行きます!」
「ここで休息を取っていった方が良いという意味だったのだが…」
困惑したような声でそう言われ、真意を読み取れなかった恥ずかしさで赤くなりつつも、その場に座る。
「すみません、稽古を終えるのも遅かったですし…」
「いいや。君はやり遂げたのだ、胸を張りなさい」
弾かれたように顔を上げれば、悲鳴嶼様は数珠を一擦りして、こちらに背を向けた。
「後四半刻ほどしたら動いても大丈夫だろう」
「は、はい!ありがとうございました!」
去っていく大きな背中に私は急いで頭を下げた。
(多くを語らぬ男性との再会)
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ハッシュタグ(プロフ) - ロトさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけ本当に嬉しいです。そして、応援いただきありがとうございます。次回作も、ご期待に添えるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします! (2019年11月14日 6時) (レス) id: 9cd03d1863 (このIDを非表示/違反報告)
ロト - 続きです。次回作も勝手ながら毎日読ませていただきます!どちらも今からすごく楽しみです!!無理をしないよう頑張ってください!長々と失礼しました! (2019年11月14日 1時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
ロト - コメント失礼します。完結おめでとうございます!この小説を一日の終わりに読むと何だか心が暖かくなってホワホワして大好きでした!!実は完結の文字を見た時、少し寂しかったので次回作の予告を見て安心しちゃいました!長くなったので続きます。 (2019年11月14日 1時) (レス) id: 84710b8cd8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ハッシュタグ | 作成日時:2019年10月18日 18時