五十話 ページ6
大衆居酒屋の片隅、大人数入りの個室には、元一年A組の面々が揃っていた。それぞれが仕事の合間を縫い、久しぶりに合わせた顔と近況を報告し合う。最後に会ったのはいつだっただろうか。出久は烏龍茶で唇を濡らしながら、ふとそんなことを考えた。確か、最後に飲み会を開いた時には、Aも参加していたはずだ。ということは、もう半年ほど前になるのだろうか。月日は齢を取るごとに早く流れていく。あくる日もあくせくと働いて、寝るために帰る家。しかし、それだけでもとても充実した日々を送っていた。幼いころからの夢を叶えて、必要とされる喜びを噛み締めて、それに応えるように努力する事は、性に合っていたのかもしれない。しかし、それがある日一刻のうちに変化することになる。それからというもの、ただの帰宅がAに会うという目的に代わり、日常は非日常となった。
がやがやと部屋の外からも他客の声が聞こえ、十分に酒が回った頃、不意に一同の間に静寂が訪れた。まるで幽霊でも通ったかのような静まり様に、誰しもが物寂しさに駆られる。やはりどれだけ騒がしくても、一人足りない。彼女はいつも片隅で静かに酒を傾けているだけだったけれども、煩わし気に会話に耳を傾けて、しかし穏やかに微笑んでいた。
「爆豪ちゃん、来なかったわね」
静寂を破ったのは梅雨だった。大きな手のひらでジンジャーリキュールが注がれたグラスを握りしめ、蛙のような大きな目を俯かせてケロケロと呟く。
「ほんとだね。まあ、あんなことあったらね……」
「連絡も着きませんし、心配ですわ。緑谷さん、あれから爆豪さんの様子はどうでして？」
一同の心配事と言えば、Aの事だった。遅かれ早かれ話題はAに移ることは明白だったので、お茶子はジョッキを傾ける手を止め、百はグラスの淵をなぞった。皆、酔いは醒めていた。
「え、ああ、何か、その、色々とショックだったみたいで、今は、その、あんまり話してなくって……」
歯切れ悪く始まったAの話は徐々に途切れがちになり、遂には尻切れとんぼとなり、そのまま出久は俯いてしまう。その様子は、Aが未だ半年前の傷が癒えていないと表すには十分なほどだった。そのためか、周囲は無理にAを詮索することをやめた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 19人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
サキエル(プロフ) - 黒酢さん» コメントありがとうございます。神作と言っていただけて、とても嬉しいです！ 正直私の技量では表しきれなかった部分があったのですが、黒酢さんにその欠片だけでも伝わっていたら幸いです。 (2020年11月8日 23時) (
レス) id: 3c96a8f4ce (このIDを非表示/違反報告)
黒酢 - 緑谷君のヤンデレ夢小説少ないからむっちゃ嬉しいです!こんな神作品に出会えてよかったです!! (2020年11月5日 16時) (レス) id: 3b4652fe38 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：サキエル | 作成日時：2020年5月1日 0時
