45 ページ45
＊
寝室のドアが開くタイミングで手が離れ、阿部さんに促されるように私が先に部屋に入った。
部屋の照明を付け、ベッドに向かう後ろを阿部さんが静かに着いてくる。
「失礼します」
「どうぞー」
当然ながら阿部さんを、誰かを寝室に入れるのは初めてだ。
なんでもない風を装いながら、私は分かりやすく緊張していた。
ダイニングに人を招くのと、限りなくプライベートな空間に人を入れるのとでは、まったく感覚というか身構え方が違う。
──わたしの核心部に、阿部さんが踏み込んでいる。
そう思うと、寒くもないのに背中がうっすらと粟立った。
寝室の半分近くを占領するように鎮座するベッドを見た彼が、小学生のように目を輝かせながら「おぉ」と感嘆の声を漏らしていた。
「愛用しております」そう伝えれば、ベッドの足元の方を遠慮がちに触れながら、手のひらでスプリングの感触を嬉しそうに確かめている。
「やっぱりこのメーカーの良いよね」と満足そうに阿部さんが言ったので、私は大いに頷いた。
マットの上でスリッパを脱いでいると布団をめくってくれたので、照れ臭くなりながらもそこに潜り込んだ。
仰向けに寝転がり、寝やすい位置をもぞもぞと探しているうちに肩まですっぽりと布団が掛けられ、そのまま阿部さんがベッドの縁に腰掛けた。
「寝れそう？」
「んん〜…たぶん」
曖昧な返事をしたら「なにそれ」と苦笑される。
まだ睡魔は来ないけれど、阿部さんのおかげで身体はかなり楽になっていたし、眠くなるのも時間の問題だろう。
ふかふかの羽毛布団の中はすでに暖まり始めていたし、現状に何一つ不自由はない。
ないはずなんだけど。
「………」
「どうしたの？」
聞かれ、すぐに首を振る。
なんでもない。
なんでもないことだけど、でも、強いて言うなら…
さっきまでくっついていた右手がもの寂しい。
このまま抱え込むには絶妙にストレスで。
ものは試しに。
そんなつもりで阿部さんが座っている方の布団の横からちょろっと手を出してみた。
指先をほんのちょっとだけ。
もちろん、気付かれなければ諦めるつもりだった。
「ん？暑い？」
阿部さんのシャツの袖口にコツリと当たった指先が攫われる。
自然と繋がれた右手に呼吸の仕方を忘れそうだ。
自分から望んだくせに、いざその通りになれば涙が出そうになるほど恥ずかしい。
どうにもならず、阿部さんの問いかけを無視して布団を鼻先まで引っ張ると逃げるように隠れた。
ああもう、沸騰しそう。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1099人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
泥濘(プロフ) - ちいさいばあばあさん» コメントありがとうございます。返信が遅くなりまして申し訳ありません。話の展開がゆっくりですが、引き続き今後の展開を見守っていただければ幸いです。 (2月25日 22時) (
レス) id: 014ca7ae0d (このIDを非表示/違反報告)
ちいさいばあばあ(プロフ) - あべちゃんとマネちゃんが付き合う事になるといいですね。 (2月14日 17時) (レス) id: b4b34b6799 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：泥濘 | 作成日時：2024年1月25日 0時
