8 ページ8
＊
翌日はグループ仕事の同行だった。
メンバーとチーフマネージャーの田ノ上さん、外村さん、木園さんの揃った楽屋に入り、きちんと挨拶をかわしたあと、奥の方でケータイを触っている阿部さんの姿を確認して早足で近寄る。
「阿部さん阿部さん」
「Aさんおはよ。どうだった？」
ケータイから顔を上げた阿部さんに、私は慌てて「おはようございます」と前置きすると「やべえです、マジで」とこそっと告げた。
「一瞬で寝れたでしょ」
「秒でした。あの、本当にありがとうございました」
這うように布団から抜け出し、歯磨きと洗顔と最低限の化粧をしたら飛び出すように家を出ていた日常が嘘みたいだ。
あまりの快眠ぶりと、ここ数年感じることのなかった目覚めの良さに驚きと興奮を隠しきれず熱弁する私を、阿部さんはとても嬉しそうな表情で見ている。
「なんや、阿部ちゃんとお姉で内緒話でもしてるん？」
怪しいわ、と私たちに気が付いた向井さんが、大きめの声を掛けたことで全員の視線がこちらを向いた。
なんだなんだと好奇の目に晒され、特に隠す必要もないと思った私は、今回の件について正直に報告した。
もちろんいつも通りのテンションで。
驚く彼らに、阿部さんが「引越しと就職祝いにね」という的確なフォローをしてくれたので、一部の渡辺さんを除き、誤解を招くような事態にもならなかった。
はずだったのだが。
和やかな空気のなか、唐突に佐久間さんが、
「ベッド贈るとか、阿部ちゃんやーらしい！！」
ニャハハ、と良く通る声で言い放ったことで事態は一変する。
まず楽屋が静まり返った。
続いて「タハァー！」と渡辺さんの破裂音みたいな笑い声が響く。
「バカだな」と呆れた顔で深澤さんが呟き、ラウールさんと岩本さんは、佐久間さんを憐んだ目で見てから、そっと視線を外した。
「えっ、えっ」とキョロキョロしながら慌てる佐久間さんに「佐久間ぁ」と妙に粘ついた阿部さんの声が掛かる。
「あ、やべ」と呟いた佐久間さんと阿部さんが同時に席を立ち、逃げ惑う佐久間さんを追い囲うように、阿部さんが無言で壁際まで追い詰めた。
ちなみに阿部さんの目は全く笑ってない。
いやぁぁぁ！という佐久間さんの断末魔に「止めなくていいいんですか？」と聞けば、
「放っておいて大丈夫」
と穏やかに微笑んだ舘様に言われた。
そしてこの騒動以降、私へ引っ越し祝いを贈ることがメンバーの中で流行るのだが、この時はまだ知る由もなかったのである。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 886人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：泥濘 | 作成日時：2023年11月4日 17時
