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エスカレーター横の鏡になっている部分を見ながら、化粧や髪型を確認しているうちに目的の階に到着した。
平日の昼過ぎという時間帯のせいか、フロア全体が空いている。
ブランドの店舗もすぐに見つけることができ、阿部さんからのアドバイス通り、黒地がベースになった華美すぎないモノグラムのマフラーを購入した。
「お包みしますので、店内の商品をご覧になってお待ちください」
物腰の柔らかい男性店員にそう促され、滅多にない機会だからと店内を隅々まで見て回る。
そういえば、
芸能活動をしていた頃は、こういうハイブランドを持つことがステータスだと思い込んでいた時期が私にもあったなぁ。
当時を思い出し、苦笑する。
財布とか、デザイン重視のバッグとか、とにかくなんでもいいから身に付けておけば、自分自身に箔が付くような気がしていたのだ。
それに、ハイブランドを手に入れることは、誰から見ても分かりやすい『成功の証』っぽい。
まあ結局、大成することも、これらを買うこともなく終わったけれど。
背伸びをしたところで中身がなければ、人から笑われて惨めな思いをするわけで。
少々心残りではあるが、それを回避できたのだから良しとしよう。
この歳になって思うのは、質実剛健が一番だということ。
何十万円もするハイブランドの品々に憧れ、外見を見繕っていたあの頃よりも、ノートパソコンをしっかり守れるナイロン生地のリュックを背負って仕事をしている今の私の方が好きだ。
これは負け惜しみでも卑屈でもなんでもない。
まあ冥土の土産として、いつかはハイブランドのバッグを一つくらい自分で手に入れたいとは思うけど。
ぼんやりと、そんなことを考えながら店舗の入り口近くにあるコートを物色していた時だった。
「あれ、姉さんじゃね?」
唐突に声を掛けられた。
おっとマジか。
興味本位で値札に伸ばしかけていた手がピタリと止まる。
今この付近にいるのは、私だけ。
そんな私のことを「姉さん」と呼ぶ人なんて限られている。
ものすごい早さで本日のメンバーのスケジュールを思い出してみる。
彼──渡辺さんは、一日オフだったはずなのでこの場所にいてもおかしくない。
だとしても、だ。
頼むから人違いであってくれ。
そう望みを掛けてゆっくりとそちらを向けば、
「おホントだ。何してんのこんなとこで」
「え?!彼氏にプレゼント?!」
渡辺さんだけではなく、買い物大好き三銃士が揃い踏みしていたのである。
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作者名:泥濘 | 作成日時:2023年11月4日 17時