ガラスの靴を振りかざして3_緑 (ページ45)

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あ、しまった。

しっかりと阿部さんにはバレていたようで、呼ばれて弾かれたように視線を戻す。

からかってくるだろうか。
何を言われるのかと身構えていると、阿部さんはフッと力を抜いて笑いかけてくる。
一歩、距離を詰めた彼の手がこちらに伸びてきたかと思えば、そのまま私の耳のてっぺんに触れた。
思わずびくりと体を揺らすと、阿部さんまで目を見開いて驚いた。

「あ…ごめん。ここが真っ赤になってたからつい」
「あ、いえ」
「ふふ、冷たい。どれくらい走ってたんだっけ？」
「一時間…くらいですかね」

そっか、とだけ彼は答えると指先が離れていく。
私は小さく俯き、阿部さんの靴の先を見ることしかできない。

兄妹だから。
阿部さんに他意はないから。
と、それだけを必死で頭の中で繰り返した。

沈黙が流れる。
何か言わなきゃとは思うのに言葉が頭の中でとっ散らかって行方不明だ。

「からだ」
「えっ」
私が黙ると、いつも阿部さんが切り出してくれる。

「体冷えちゃうから、もう中に入ったほうが良いね」
「…はい、そうっすね」

玄関先まで見送ってもらったことはこれが初めてじゃない。
いつもはここで「ばいばい」とか「また明日ね」とか、そんな言葉を交わして終わりのはずだった。

今もこうして私に言い聞かせるように阿部さんは促してくる。
だけどいつもと違うのは、そんな言葉とは裏腹に、彼がゆっくりと右手を差し出してきたことだ。

私が食い入るように見つめていたのを知っていて、こんなことをしてくる阿部さんの性格が憎たらしい。
そしてそれに心を動かされている自分が、ちょろい。

やめとけ！と頭の中では品行方正で生真面目な私が叫んでいるのに、争うこともできずに彼の手を握った。
右手の指先同士が触れ合い、それから包み込むように、阿部さんの手のひらが私の手のひらの体温を絡めとる。

これを握手と呼ぶには、情がこもりすぎている。

「ごめんね」
阿部さんは手を握ったままそう言いながら、頼りなく眉を下げた。
主語が分からず、首を傾げた。

「何がですか」
「変なとこばっか見せちゃったから」
「変、とは？」
「……急に機嫌悪くなったり、問い詰めたりしたでしょ」
「あ、自覚あったんだ」

思わずそう漏らすと、阿部さんは「もー」と言いながら少しだけ目を細めて頬を膨らませた。
なんだか餌を口いっぱい頬張ったリスみたいで、ちっとも怖くないどころかむしろ可愛い。
いつも通りのあざとい阿部さんだった。