ガラスの靴を振りかざして3_緑 (ページ43)

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「俺も走ろうかな」
「…えっ」

エレベーターのなか、静かな機械音と一緒に横からボソリと聞こえた言葉に目を向ける。
決意するというより、何か思い詰めたようにエレベーターの階数表示を見つめている阿部さんの横顔を、穴が開くほど凝視してみた。

「それなら…今度は三人で走ります？」

だったら私から岩本さんに伝えておくよ、と言うと、阿部さんが瞳だけを動かしてこっちを見た。
目が合うとわずかに眉を顰め、それから唇を尖らせる。
お、この顔は知っているぞ。
メンバーやごく親しい人に対し、不平不満がある時にだけ見せるやつだ。

それはつまり今の私の言葉が気に食わなかったと…そういうことになるわけだが、こちらとしては何一つ変なことを言ったつもりはない。

睨み合う一歩手前。
見つめ合ったまま、私の方から阿部さんに顔を近付けてみる。
彼の不服そうな表情や切れ長の三白眼から真意を読み取れないか観察するつもりだったが、瞬きをした阿部さんが、わざとらしいため息と一緒に肩を落として先に視線を逸らしてしまった。

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど」
独り言のように言うので、

「じゃあどういうことで？」
そう聞くと押し黙る。

この人、さっきまでは私に散々問い詰めてきたくせに、こちらからの質問には答えないつもりだ。

「……分からないならいいや」
それに寒いのは得意じゃないし、これからも走るならちゃんと前後に連絡してね。

なんて、自分に都合のいいことだけ告げて分かりやすく言葉を濁してきたので、こちらも「ずるいんだー」と反撃するつもりだった。
だけど阿部さんは私の手をぎゅっと握り直してきたせいで、いやでもそちらに意識が向いてしまう。
ようやく慣れ始めてきた他人の体温を思い出し、私の小言は行き場を無くして彷徨った。

静かになった空間で手持ち無沙汰に階数表示を眺めてみるものの、気になるのは手元ばかりだ。

エレベーターが五階に着く。
ここは私の部屋がある階なので私だけが降りればいいのだが、やっぱりというか、ある程度予想していた通り、まず先に阿部さんが降りた。
そのまま手を引かれ、私たちは無言のまま、最奥を目指してひっそりと静まり返った廊下を歩く。
未だにここで誰かとすれ違ったことも出会ったこともなかったが、状況が状況だったので緊張してしまう。

部屋の前。

「鍵、出しますね」

そう告げると阿部さんは「うん」と短く答えながら、あっさりと握っていた手を離した。