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その質問の意味を理解するのに、たっぷり時間がかかった。
理解したらしたで、ポカンと口が開いてしまう。
「え、どうって？」
「例えば、好きとかさ」
何を言い出すかと思えば、
なぜ突然、そんな話になる。
「なんですかそれー！」と明るく聞き返そうとしたのだが、阿部さんは今し方自分で言った言葉に対して、自ら苦しむように顔を歪めていた。
だからとてもじゃないけど、冗談っすよね、とこの場を笑い飛ばせるはずもなく、形容し難い微妙な空気が私たちを包む。
ああ、また私の知らない阿部さんだ。
見ているこっちまで息苦しくなり、自然と眉間に皺が寄った。
「どうなの」
阿部さんは探るように聞いてくる。
だけどその言い方には確信を得ているような雰囲気もあったせいで、例えるなら喉元にナイフをぴったりと当てられたような、そんな妙な緊張感が背筋を駆け抜けた。
「はい」か「いいえ」に絞られた二択問題。
簡単なはずなのに、この答えを誤ったら阿部さんとの今後の関係が変わるような気がして迂闊に返答できない。
それは大変よろしくない。
私は考えた。
短い時間で出来るだけ多くのことを考えた上で、
「もちろん、好きですよ」
そう答えた。
阿部さんの目が大きく見開かれる。
見えないナイフに喉元を切り裂かれる前に、私は慌ててその回答に言葉を足した。
「岩本さんは、お父さんみたいな雰囲気があって安心するんです」
「お父さん？」
そんな顔します？というくらい怪訝な顔をして阿部さんが聞き返してきたので、私は大きく頷いてみせた。
少しの間があってから、阿部さんが「ふーん」と数回小さく頷いた。
阿部さんから尖った気配が消え、喉元を行き来していた見えないナイフがゆっくりと遠ざかる。
それから阿部さんは考えるように口元に手を当てると、
「照は、お父さんね」
そんな独り言と一緒に、口角を片方だけ釣り上げていた。
なかなかに悪い顔だなとは思ったが、話が拗れそうなので口には出さなかった。
阿部さんは私の回答に大いに満足したらしい。
お父さん、と形容したことが意外だったのか、それとも他に思うところがあるのか、奥歯で笑いを噛み殺しながら、小刻みに肩を震わせている。
くふふ、と息を漏らしながら、彼の指先がエレベーターのボタンを押した。
私はそれを見てほっと胸を撫で下ろした。
どうやら尋問は終わったらしい。
すぐにエレベーターの扉が開くと、そこに二人で乗り込んだ。
もちろん、手は繋いだまま。
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作者名：泥濘 | 作成日時：2023年11月4日 17時
