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経験が乏しく疎いからこそ思考は巡る。
私たちは兄妹のような関係だとお互い自負しているはずだけど、そもそも兄妹はこんな風に手を繋いだりはしないよね、なんて。
だから、本当にちょっとだけ、よこしまなことを考えてしまうのだ。
──もしかしたら、阿部さんはこんな私のことを心配してくれているのかな、とか
──もしかしたら、阿部さんはこんな私でも岩本さんと触れ合っていた事にちょっとだけ嫉妬してくれたのかな、とか
──もしかしたら、阿部さんはこんな私のことをほんの少しでも女として見てくれているのかな、とか
ああダメだ。
三十を過ぎたというのに、頬をりんご色に染め上げた生娘みたいな妄想が止まらない。
ご都合主義で回る少女漫画の世界に飛び込んだみたいだ。
先を歩く阿部さんに気付かれないように、手を繋いでいない方の手でこっそり頬に触れてみた。
頬がりんご色に染まっているかは定かではないが、さっきまでずっと寒空の下にいたはずのそこは、てっぺんがやけに熱く感じる。
阿部さんは私を引き連れてエレベーターホールで立ち止まった。
階数ボタンを押す事なく、そのまま私の方へ向き直る。
わずかに見下ろしてくる阿部さんは、たぶん怒ってはいないけど、相変わらず不服そうな表情をしていた。
ここはフロアの最奥部に位置しているため、フロントからこちらの様子を直接伺うことはできない。
エレベーターを呼ぶことなく、向き合った意味にもピンとこないまま阿部さんをジッと見つめていると、やがてその美しい三白眼が「で、どういうことだったの」と訴えていることに気が付いた。
なるほど。
彼はどうやらこの場所で、先ほどの岩本さんの行動に関して私から話を聞くつもりのようだ。
「照と、ずいぶん仲が良さそうじゃない」
探るように、だけど少し嫌味っぽく阿部さんが言った。
彼のその一言で、先ほどまでの浮き足立っていた気持ちが嘘のように落ち着いていく。
栗皮色の瞳にまじまじと見つめられ、反論しようと薄く開いていた唇を思わずぎゅっと閉じる。
ゆっくりと唾を飲み込んだ。
そうでもしなければ、またさっきみたいに狼狽えたり、声が上擦ってしまいそうだった。
「そりゃお世話になってますし、もちろん仲が良いに決まってるじゃないっすか」
「抱き合うくらい仲良いんだね」
「あれは不可抗力でしょ。阿部さんも岩本さんが私のこと引っ張ったの見てたでしょ」
私の言葉に、阿部さんはわずかに目を細めた。
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作者名:泥濘 | 作成日時:2023年11月4日 17時