ガラスの靴を振りかざして3_緑 (ページ37)

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困っているうちに、私は思い出した。
そもそも、なぜ私は阿部さんと手を繋いでいるのだろう、と。

そしてなぜ、岩本さんは私たちの手を握らせたのだろうか、と。

ごく自然にここで「手、離しますね」と伝えれば「そうだね」で済む話のはずなのに、何をいつまでも手を繋いでいるのだ。
阿部さんは振り払ったりとか、そんな乱暴な対応はしないだろうけれど、きっと私と手なんか繋いでしまって迷惑に感じているはず。

エントランスの入り口でもたついている己の手際の悪さも一緒になって、申し訳なさと焦りは募るばかりだ。

「手を離しますね」
そう声を上げようとしたのと同時に、私の横からサッと手が伸びてきた。
なので正確には「て」という最初の言葉すら言えなかったのだけれど。

何をするかと思えば、阿部さんの自宅の鍵をタッチパネルにかざしている。
ピッという短い認証音のあと、エントランスの扉が音もなくあっさりと開いた。
阿部さんは鍵をポケットにしまいこみ、私の手を繋いだまま歩き出す。

「あの、」
「なに？」
私の問いかけに阿部さんがこちらを振り返ることはない。
モスグリーン色のオーバーサイズコートの背中を見つめながら、それでも私は言葉を続けた。

「そろそろ」
「うん」
「手、を」

離しませんか。

風船が萎んでいくように声は徐々に小さくなった。
相槌はしてくれるけど、その相槌になんとなく圧を感じたのだ。
言葉で伝わらないならと、私は繋いだ手を離そうとした。
すると、その手を阿部さんがすぐに追いかけてきてしっかりと握られる。
手は離れるどころか、まるで「逃げないで」と言わんばかりにぎゅっと力を込められた。

驚いた私が何も出来ずにいると、さらにその手を、阿部さんはきっとわざと、お互いの指と指を一つずつ絡めとるように交差させる。

それはいわゆる、恋仲の関係になったモノ同士で成り立つ繋ぎ方で。

これまで何度か阿部さんの手を握ったことはあるけど、もちろんこんなことをされるのは初めてだった。
人と出来るだけ距離を置いて生きていた私にとって、こういう経験自体がそもそも皆無だった。

一瞬で耳の後ろに熱が集まってくる。
「手を離して」と簡単に言えなくなってしまった。

ダメだ。
ぐるぐると色々な考えが頭に浮かんでは消えていき、結局それが何一つ言葉になることはない。
爪の先にまで神経が通ったように、阿部さんの、少しひんやりとした手のひらの体温に意識が持っていかれてしまう。