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至近距離まで一気に近づいたせいなのか、岩本さんから香る上等なお香みたいな匂いがぶわっと鼻から全身へと駆け巡る。
慣れない嗅覚と人の体温とこの状況に言葉を失っていると、目の前で驚いた顔をした阿部さんと視線がぶつかった。
みるみるうちに穏やかだった阿部さんが、般若のような表情へと変化していく。
「あ、これはやべえぞ」と岩本さんから逃げようとしてみたが、もう遅い。
肩に触れていた岩本さんの手のひらにぐっと力が込められる。
何を、と顔をあげれば、岩本さんの薄い唇が耳元までゆっくりと近づいた。
「後で連絡する」
はっきりと、脳内に刻みつけていくような低音が響く。
そういう経験に疎い私ですら一瞬ドキッとしてしまうくらい、素早く、耳打ちするような仕草は非常に様になっていた。
岩本さんの視線は私ではなく阿部さんを見ていた。
睨みつけるというよりは、牽制という言葉の方がふさわしい。
ふっと息を緩めると同時に目尻を下げた岩本さんに、阿部さんは唇の端を忌々しく噛む仕草を見せ、私は息の抜けたような生返事をすることしかできなかった。
「あのさぁ、ホントにお前何してんの」
阿部さんが苛立ちを隠すことなく岩本さんに詰め寄ろうとした。
「どういうことだよ」と言葉を続ける彼に、岩本さんはまたもや不敵に微笑んだかと思うと、
「ごめんね」
「えっ…ぉああ！」
私の体を歩み寄る阿部さんの方へ押し付けたのだ。
またしても大きく傾く体。
ほぼ無抵抗のまま、今度は阿部さんの胸元へと飛び込んだ。
私はボールか。
もちろん阿部さんがしっかりと抱きとめてくれたので私は無事だ。
しかも岩本さんみたいに横抱きじゃなく、しっかりと正面から抱きしめる形で。
咄嗟の判断だったとはいえ、肩と腰に回された腕に心臓が跳ね上がる。
私も一応女なので、阿部さんと瞬間的に密着したお腹はグッと力を入れ引っ込めたし、運動後の汗臭さが気になって絶望感に苛まれたワケだが、すぐにそんなことを気にしている場合ではないと思い出した。
こんなの、木園さんの車がなかったら一発アウトな体勢である。
「ごごごごめんなさい」
「あ、いや、俺もごめん」
二人同時に離れた。
すると岩本さんが「素直になれば？」と私たちを見比べると悪代官みたいなニヤけた顔をする。
そしてあろうことか私の左手を握り、それを隣に立つ阿部さんの右手と絡めたのである。
もうホントに、意味がわからなかった。
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作者名：泥濘 | 作成日時：2023年11月4日 17時
