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いつもと変わらない穏やかな口調なのに、言葉尻は優しいのに、背中がぞわぞわと粟立つような圧を感じる。
何より、さっきから目の奥が全く笑っていない。
私ですらこれはいつもの阿部さんじゃないと思っているのだから、付き合いが長い岩本さんなんてもっと顕著にこの異変を感じとっているはずだ。


「お前さ…さっきからなにキレてんの?」
「ちょ、ちょっと…」
岩本さんのことだから、すぐに誤解を解いてくれるかと思っていた。
ところが実際には、彼は私の手首を掴んだまま、こともあろうか向かい合う阿部さんを挑発するように鼻で笑ったのだ。

挑発にまんまと乗せられた阿部さんの瞳から光がスッと消えたような気がして、悪化する事態に喉の奥の方で悲鳴が上がる。

なんで、なんで威嚇しあってんだ…!

いざ止めようにも二人の雰囲気に完全に圧倒されてしまい、私は情けなくも青ざめながら口元を引き攣らせる事しかできない。


「怒ってないよ。ただ、人のマンションの入り口で手なんか繋いじゃって、何してくれてんのかな?って思っただけ」
君たち目立ってるんだよね、自覚ある?と吐き捨てるような阿部さんの言葉に私はハッとした。


「ああ、だから地下の駐車場じゃなく、わざわざこっちに車つけたのか」
「そういうこと。分かったら早く二人とも離れたら?」


頭上で売り言葉に買い言葉が飛び交うなか、私は盛大に頭を抱えていた。
もちろん片手で。

迂闊だった。
今は木園さんが運転する送迎車が車寄せに停まってくれているおかげで、私たち三人の姿は道路側からは死角になっているが、さっきまでは丸見えだったのか。

阿部さんの言う通りだ。
どう見てもプライベートな格好でいる私たちが、道路から少し奥まった場所にあるとはいえ、マンションの入り口なんかで長居するべきではなかった。
たまたまタイミングよく帰ってきた阿部さんは、私たちがエントランス前で良からぬことをしているのだと思い、普段は利用しない車寄せの方へ進むように機転を効かせてくれただけ。

もちろん良からぬことなんてないし、全くの誤解なのだが、この件に関しては誤解を生むようなことをしていたこちらに比がある。

おそらく岩本さんだってそれを分かっているとは思うんだけど、どういうわけだか岩本さんは、さっきから納得がいかないような顔をして阿部さんを睨みつけるばかりで「違う」と否定することもなければ、一向に私の手を離す気配もなかった。

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作者名:泥濘 | 作成日時:2023年11月4日 17時

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