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＊
「照、Aさん、ここで何してるの？」
頬を刺すような、ピリッとした空気を纏った低い声色だった。
やっぱり阿部さんの様子がおかしい。
そう感じてしまった私は普段通りのテンションで「走ってたんですよ〜」と返そうとした言葉を言い出せず、咄嗟に飲み込んでしまった。
結果的に黙ったままの私を気にすることなく、阿部さんのひんやりとした視線がゆっくりと私たちの手元に落ちる。
視線を追いかけた先にあったのは、岩本さんに掴まれたままの状態になっている私の手首だ。
──阿部さんに見られた。
それが別にどうした、という話である。
何も悪いことはしていない。
そのはずなのに、岩本さんに握られた部分からじわじわと侵食していくような罪悪感が芽生えてしまったのだ。
今まで何も感じなかったはずなのに、なんとなく、本当になんとなく、岩本さんの手を反射的に振り解こうとしてしまった。
だけど岩本さんは離してくれなかった。
多分私が無意識に振り解こうとしたことで、向こうも同じように無意識に抵抗したのだろう。
そのやりとりを阿部さんはまじまじと見ていた。
阿部さんは何も言わない。
静かに岩本さんへ視線を戻すと、私たちを順番に一瞥したあとで睨みつけるような目つきに変わる。
綺麗な眉間に皺がぐっと寄り、不愉快そうな表情はどう見たって不機嫌そのものだった。
私はようやく、彼が聞いた「何してる」の真意を理解したのである。
妙な沈黙を破ったのは岩本さんだった。
「何って、それは阿部が一番良く知ってんだろ。ランニングしてたらたまたまAさんに会ったから、一緒に走ってたんだよ。で、夜も遅いし心配だったからここまで送り届けたとこ」
そうだよね？と岩本さんに同意を求められると同時に、阿部さんもこちらを向く。
岩本さんの言ったことに何一つ嘘偽りはない。
だけど普段とは違う阿部さんの表情と態度に動揺した私は、どぎまぎしながら頷いてしまったのだ。
やけに狼狽える私の反応が、さらに阿部さんの感情を逆撫でてしまったなんて知る由もない。
阿部さんの口からフッと小さな息が漏れた。
彼らしくない、人を小馬鹿にするような、そんな笑い方だった。
「そんなの見ればわかるよ。じゃなくて、なんで手なんか繋いでるのかなって思って聞いたの」
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作者名：泥濘 | 作成日時：2023年11月4日 17時
