ガラスの靴を振りかざして3_緑 (ページ4)

今日:72 hit、昨日:151 hit、合計:230,196 hit

4 ページ4

＊

「お金は貯めておくに越したことはないからね。これはお兄ちゃんからの助言」
「でも兄者にベッドを買ってもらうのも違うと思いますけど」
私の兄者という言葉に反応してクスリと笑ったのも束の間、すぐに「誤魔化すなよ」と言いたげに彼の目が一瞬で鋭くなった。

「ねぇ、此の期に及んでまだそんなこと言ってんの？」
「そりゃずっと言いますよ。だってベッドですよ？ベッド」

と、口では阿部さんをあしらっているが、我慢できずにプレゼントされたアロマディフューザーを箱から取り出し、まだ棚も何もないダイニングの床の上でちゃっかり稼働させているので、こちらに大して説得力はない。
険悪な雰囲気になりつつある私たちの周りには、阿部さんの部屋と同じ、さわやかな柑橘系の匂いが漂っていた。

「アロマディフューザーを頂いただけで嬉しいので、本当にお気になさらず」
そう伝えたのに、
「じゃあさ、質問を変えるね」と阿部さんが私の言葉を無視して切り出した。

「部屋に勝手にベッドが届くのと、自分で好きなベッドを選んでそれが届くのと、どっちが良い？」
「えっ、怖っ」
「…で、どっちが良い？」
顎に手をあてて、うっすらと煙が立ち上るアロマディフューザーをジッと眺めたまま何を考えているかと思えば、あまりにも碌でもないことだった。

ああ言えばこう言う、とはまさにこのような状況を指すのだろう。

おそらくこのまま話は平行線の一途を辿り、阿部さんがこのやりとりに飽きたところで打ち切られ、彼は強硬手段に出るのだ。
それはつまり、数日後には彼セレクトのベッドがこの部屋に運ばれてくるということ。
あり得ないと思うでしょ。
でも阿部さんの目はマジなので、やると言ったからにはやるし、届くと言ったからには届くのだ。

阿部さんの頑固さに勝てる人なんて、少なくとも私たちの周りにはいないんじゃないかと思う。

「あーもうっ！分かりました！分かりましたから、そんな目で見ないでください。
……そしたら、あの、お言葉に甘えさせていただきます」

こちらが折れた途端、阿部さんは「よしっ」と腰のあたりで拳を握った。
それは喜ぶというよりも、まるで難しいゲームをクリアしたような、目標をやり遂げた誇らしげな顔だった。

彼にとってしてみれば、素直に「はい」とは言わない強情で面倒な女にプレゼントを贈るクエストをようやく攻略した事に間違いはないのか。

それはそれで、なんかゴメンね、という気持ちになった。