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「だからさ、Aさんさえ良かったら、また一緒に走ってよ」
走るペースはあまり問題ではないのだと彼は言った。
ランニングはあくまでも気分転換の一種なので、そこからどの程度自分のモチベーションに繋がるか、リフレッシュ出来るかの方が、岩本さんにとっては重要視していることのようだ。
それならば、と私も喜んで頷く。
「もちろんです！私もとっても楽しかったっす」
「良かった。二人で走る時は俺から阿部に許可もらうし、ちゃんと毎回、ここまで送り届けるから」
「それはありがたい限りなんですけど…なぜ、そこで阿部さんの許可が必要に？」
首を傾げると、岩本さんがすかさず揶揄ってくる。
「Aさんのお兄ちゃんだから、でしょ。心配性なお兄ちゃんに許可取らないと、怒られそうじゃん」
そう言われて「なるほど、確かに」と納得してしまう私も大概だ。
マンションのエントランス前に戻ってきた私たちは、その場で軽く息を整える。
岩本さんの左手に見えた時計の表示は二十一時手前。
息はしっかり上がっているものの、話しながらランニングしていたこともあり、体感としてはそんなに経っていたとは思えなかった。
岩本さんなんかペースをだいぶ落として私と並走してたせいか、私みたいに前屈みになって膝に手を置いて息を整えることもなく、軽い深呼吸を数回繰り返しただけで落ち着いている。
同年代の女性に比べれば体力はある方だとは思っていたが、さすがに今日はよく走ったと思う。
徐々にその実感が、足元から疲労感を伴って押し寄せてくる。
ペースが早かったわけではないが、それでも足を止めた直後から身体中から汗が滲み出す感覚があった。
涼しげな顔でストレッチを始めた岩本さんを尻目に、耳の横から垂れてきた汗を拭う。
「あ、そうだ」
岩本さんと向かい合うように腿裏の筋肉を伸ばしていると、彼が何かを思い出したように声をあげた。
「阿部ほどじゃないけど、俺からも引越しのお祝い贈らせてよ」
「……え？」
想像していなかった角度からの話だったため、一瞬何のことを言われているのか分からなかった。
そんな私に、岩本さんは丁寧にもう一度説明する。
「だから、引越し祝い。俺も渡したいなって思ったの」
「いやいやそんな！阿部さんがちょっと特殊だっただけで、あのホント、お気持ちだけで十分っす！」
「プロテイン、欲しくないの？」
贈り物の具体的な中身を言われ、思わず目を見開いてしまった。
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作者名：泥濘 | 作成日時：2023年11月4日 17時
