ガラスの靴を振りかざして3_緑 (ページ22)

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それはテスト前の緊張感とよく似ている。
いや、実際にこれから始まるのはマラソンのテストだと思った方がいい。

走るフォームは変じゃないだろうか、呼吸法はあっているだろうか、スピードは適切だろうか。
そんなことを考え始めたら色んなことが気になり始めて止まらなくなってしまう。
準備運動をしているはずが、いつの間にか緊張で呼吸が浅くなりかけていた。

その様子は岩本さんにもしっかり伝わっていたみたいで、顔を強張らせながら真剣にアキレス腱を伸ばす私の眉間を指差すなり「ねえ、怖い顔になってる。大丈夫だよ、俺優しいから」とニヤリと笑われた。
「厳しい方が良い？」と聞かれ、慌てて首を振る。

「リラックス。楽しみながら走ろ。そんで、呼吸はちゃんとしてね」
「は、はい」

緊張が抜けきらず吃れば、岩本さんが「ほら、行くよ」と軽く背中を叩いてくれる。
それをきっかけに、私たちはランニングを再開した。

さっきまでものすごいスピードで走っていたはずの岩本さんは、私のペースに合わせる形で横にピッタリと張り付き並走してくれている。

「いつからまた走り始めたの？」
白い息を短く吐き出しながら、彼は呼吸を乱すことなく話しかけてきた。

「一週間くらい前ですかね」
「じゃあ本当に最近なんだ」
「はい。阿部さんにベッドを頂いてから体の調子がすごく良いので、家でゴロゴロしているだけじゃもったいないかなって思って」
うんうん、と私の話に耳を傾ける岩本さんの表情は柔らかい。
それから思い出したように言った。

「確かに後ろ姿すごい良い感じだったよ。いや、変な意味じゃなくてね。あの人多分モデルさんなんだろうなーって思いながら走ってたもん」
さすがAさんだね、と褒められ「そんな私なんか…」といつものように不要な謙遜をしかけて慌てて口を閉じた。

「あ、ありがとうございます…？」
そう素直に受け取ると、私の返事を聞いて岩本さんの目が満足そうに三日月の形にとろける。

「そうそう、そっちの言葉の方が良いね」
普段のキリッとした表情も素敵だが、くしゃっとした彼の笑顔はいつ見てもギャップがあり、愛嬌に溢れて可愛らしい。
岩本さんは表面的な見た目の良さだけを褒めるのではなく、内面の努力をきちんと理解し、それを繊細な言葉で伝えてくれる人だ。
広い視野を持つ彼らしい、グループのリーダーを任されている所以を垣間見ているようで、だからこそ、彼に褒められるとそれだけで自信が漲ってくる。