ガラスの靴を振りかざして3_緑 (ページ21)

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「じゃあ一緒に走ろうよ。俺もそっち方面だから」
「え、良いんですか？」
「うん、ついでに運動メニューとか相談聞くよ」
「やった、ぜひお願いします！」

のちに知ったのだが、この時岩本さんは私が遅い時間にランニングをしていたことを初めて知り、感心と同時に一抹の不安を覚えたらしい。
岩本さんはここで私と別れ、その先でもしも何かあったら私にも、そして阿部さんにも申し訳ないという気持ちがあったそうだ。
なぜそこで阿部さんが出てきたのか謎ではあるが、私を心配してくれるなんて、岩本さんらしいといえば岩本さんらしい。

『女性が夜遅くに一人で行動してるのとか考えただけでも無理』とのことで、そういえばアパートに住んでいた頃も、夜遅いからと深澤さんと一緒に車で送ってもらったっけ。
そう考えると「走りに行く時はチャットを送ってね」とお願いしてきた阿部さんのように、彼も彼で結構な過保護というか心配性である。
仮に何かあったとしても狙われるのは私みたいな170cmを超える女ではなく、もっと小柄で力の弱そうな女性だと思うのだが、それを口にすると岩本さんも阿部さんも「そんなこと言わないの」と怒ったような悲しそうな顔をするので私のなかで禁句だった。

岩本さんにそんな思惑があったことなど露知らず、この時の私は素直に岩本さんのご厚意を喜んでいた。
一人で走るより、誰かと走った方が楽しいに決まっている。

そうと決まればランニング中の岩本さんをいつまでも引き留めておくのは申し訳ない。
「ご指導よろしくお願いします！」とすぐに走り出そうとした私を、岩本さんが慌てて引き止める。

「体冷えちゃってるから、もう一回ストレッチしてからね」

その言い方は振り入れをしている時のようにハキハキとしていたので、彼も何かしらのスイッチが入ったようだ。
キビキビとした動きで岩本コーチが屈伸を始めたので、私も慌てて真似をする。

いっち、にー、さん、しーと声出しするコーチの横で、ごー、ろく、しち、はち、と返しながら、そういえば岩本さんには何度もトレーニングのアドバイスをしてもらったことはあるけど、こうして実際に運動しているところを見られるのは初めてだな、と思い出した。

ツアー中、メンバー個人の要望に合わせたオリジナルのトレーニングメニューを作成したり、専門的に勉強して資格まで取った岩本さん相手に、私も生半可な気持ちでついて行くことはできないぞ！とコッソリ気合いを入れ直す。