ガラスの靴を振りかざして3_緑 (ページ3)

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「えっ」
チープな策に溺れたのは、考えるまでもなくこちら側だった。

彼がなんとなしに放った言葉に、私は大いに動揺した。
動揺しすぎで顔を動かそうにも、阿部さんの手によってしっかりと両頬を挟まれているので大した動作にはならなかったが。
よりにもよって、こんなムードもへったくれもない状況で阿部さんと気持ちを通じ合わせるなんて！と、照れるよりも先に、己のタイミングの悪さに後悔という感情が荒波のように押し寄せてくる。

「大好き」という際どいワードを、嫌味なんかのために使うんじゃなかった。
願わくばもう一度、できれば頬を掴まれていない時に言いたかったが、今となってはもう手遅れだ。

夜景が綺麗なレストランとか観覧車の上とかそういうムードのあるシチュエーションで「私のこと大好きだよね」「そうかもね」なんてやりとりをしたなら、こんなに慌てることもなかっただろうと考えると、ただただ虚しい。

阿部さんだって告白はそういうベタな場所でしたいって雑誌の取材で言ってませんでしたっけ。

動揺から一転、このやりとりを無かった事には出来ないのだと受け入れ、悲観した顔で阿部さんを見た。

「Aさんて俺より年上なのに、年上っぽくなくて。なんか妹ができたみたいでついつい世話を焼きたくなっちゃうんだよね」
「え？」
「ん？」

一瞬の沈黙のあと、私の頭の中で電球がピカッと光った。
ああ！と大きな声を出した私に、阿部さんがちょっとだけ驚いている。

なんだなんだ、そういうことか。
どうやら奇跡的に阿部さんも私と同じ感覚でいたみたいだ。

つまり阿部さんが肯定した私への「大好き」とは、恋愛的な意味の「ラブ」ではなく、家族やメンバーに向ける慈愛、敬愛の類の「ライク」である。
ただ彼の私への言動から考えると「妹っぽい」と口では言ってはいるが、スキンシップもやけに多いし、もしかしたらペットに近い感情もあるのでは？とも思う。

でもまあ、このやりとりに意味が生まれなくてよかった。
ほっと胸を撫で下ろすと、安心というか残念というか、いらない取り越し苦労と一緒にすっかり気が抜けてしまった。

「実は、私も阿部さんのことをお兄ちゃんみたいだなって思う時ある」
私がそう伝えると「だよね、そんな気がしてた」と彼は嬉しそうに笑い、ようやく頬から両手を離してくれた。

推しからマネージャーへ、マネージャーから本人公認の兄妹へと、いまのところ出世は順調である。