ガラスの靴を振りかざして3_緑 (ページ15)

今日:94 hit、昨日:151 hit、合計:230,218 hit

15 ページ15

＊

引っ越して大きく変わったことがもう一つ。

それは、とんでもなく上質なベッドを手に入れたことにより、私の健康状態に目に見えて大きな変化が現れたということだ。
阿部さんのおかげで私の睡眠の質はかつてないほどまでに向上し、以前と比べ物にならないほど良質で健康的な生活を送れるようになった。

毎日仕事があるし、休日だって自堕落な生活をしていたわけではない。
だけどこれまでの私の起床時間と就寝時間には規則性がなかった。
それがここ最近では仕事がある日でもない日でも六時半までには起きるようになり、夜は夜で、無意味な夜更かしをしなくなった。
「寝ることが楽しみ」という表現は如何なものかと思うが、私にはそれぐらい、待ち遠しく感じるものになった。

「ここ最近、あまりにも快眠すぎるせいで心配なんです」

グループ仕事の日に楽屋で出番を待ちながら、隣に座ってきた阿部さんに冗談半分で切り出すと、彼はパチパチと瞬きをした後で「なにそれ」と言って鼻で笑った。

自分でも「なにそれ」と思う発言をした自覚があったので、へへへ、と逃げるような笑い方で誤魔化したのだが、それが良くなかったのだろう。

彼は顎に手をおいて考え込むような素振りを見せると、
「七時間を目処に寝てみたら？」
と真剣にアドバイスをくれたのだ。

ものは試しだと、その日から七時間睡眠をはじめてみた。
六時半に起きることを考え、逆算するとおよそ二十三時にはベッドに入るようにすればいい。
試してみると、これがまさに大当たり。
適切な睡眠時間が分からない問題はひょんなことから、阿部さんのおかげで解決することができたのだ。

ベッドの寝心地を知ってしまったら、あれだけ愛着を持っていたはずのクリスピー生地の布団にはもう二度と戻れない。
というか戻りたくない。
己の環境適応能力の高さは褒めるにしても、長い間あの布団とフローリングの床とのコンボで、良くもまぁ腰や背中に異常をきたすことなく無事でいられたと思う。

睡眠の質が上がったことで、結果的に向上心も刺激された。
過密スケジュールを日々こなすメンバーやマネージャー陣の姿勢に触発され、一週間ほど前から、サボり気味だったランニングを再開したのだ。

あまり遅くならないように、二十一時までに帰宅したら走ろうと決めている。
帰宅後はゆっくりとお風呂に浸かり、ダイニングで免許の勉強や仕事の連絡を返しながら、二十三時には寝室へ向かうのがここ最近の日課だった。