ガラスの靴を振りかざして3_緑 (ページ2)

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そもそも阿部さんと外村さんに過去のことを話したのは、状況が状況だったというか、つい間が差したというか、あの時あの場所での偶然がいくつも重なったからだ。

そのあとこうしてご縁があったのは、まさに奇跡としか言いようがないのだが、とはいえ、私のおどろおどろしい過去や数年前の思考と行動は、就職するにあたって会社、少なくともマネージャー陣には共有されるだろうと覚悟していた。
マネージャーという職業は常識と人間性が問われるから、その判断材料として私の暗黒期が問題視される不安はいつもどこかに付き纏っていた。
しかしながら現在のところ、それらを理由に呼び出されたことは一度もない。
ということは普通に考えると阿部さんと外村さんがこの件に関して、黙ってくれているという事になる。

つまり二人は私に感謝されるべき立場にあり、間違っても向こうから気に掛けるようなことは一つもないのだ。

「ねえ、ちゃんと聞いて」
「むぃ」
子供に向かって注意するような口ぶりで、阿部さんは私の左右の頬を両手で包み込んだ。
同時に、返事をしようとした私の唇からは間抜けな音が漏れる。

こうされるのは、この部屋に内見に来た時以来二度目のこと。
もしかしたらこれは阿部さんの手癖なのだろうか。
何か言い聞かせるとき、私は彼に必ずこうされている気がする。

顔を動かせなくなった抗議と抵抗のつもりで唇を軽く尖らせてはみたものの、ぎゅっと両側から頬を押さえつけられた部分から伝わる体温に、身体中の感覚が集まってきてしまう。
栗皮色の瞳。
端正な顔立ち。
意識をしたら息が止まってしまいそうだ。
本当なら「絶対に可愛くない顔になってるからやめて」と言いたいのに、それすらも言い出せない乙女な自分に呆れた。
二十歳そこそこのウブな女でもないくせに。

「俺はね、」
瞳を揺らして静かに狼狽える私に、落ち着いた声のトーンで阿部さんが話しかける。

「俺は、他の人が知らないAさんを、共有させて欲しいの」
だめかな？と聞かれ、返事の代わりに眉間にグッと皺を寄せた。

やめてくれ、と思った。
どうかこれ以上、私を甘やかしてくれるな。

「阿部さん、私のこと大好きだよね」
嫌味のつもりだった。
いくら阿部さんでも少しくらい動揺したり、照れたり、違うと否定してくれるかと思ったのだ。

それなのに彼は、
「ふふ、そうかもね」
くすりと微笑んで、動揺することも、照れることも、違うと否定することもなく、そう返してきた。