. ページ30
｢いままでの俺がどうかしてた。ただ、逃げてたから｣
センラはもういちど、繰り返した。
｢なあ、A。俺は、Aにとってどういう存在なん？こんなん、かなり情けない男やろ｣
｢何言ってるの？｣
｢俺な、コンクールで大賞獲るために仕事しとるってこと、村形さんに見抜かれとったんよ。は………笑えへんわ｣
センラの投げやりな言葉に、胸が痛くなる。彼は口の端だけは何とかあげていたが、その表情は悔しさと自嘲に満ちていた。自分を嘲笑う言葉と声はかなり深刻で、聞き逃すことができない。
｢センラが仕事に真摯に向き合ってることなんて、私も周りのみんなも知ってるよ｣
｢そりゃ、頑張ってるに決まってるやろ。仕事で学べることは多いし、勉強になるし｣
｢うん｣
｢でも、Aだって俺の下心に気づいてないやろ？｣
｢下心？コンクールの大賞のこと？｣
センラは緩く被りをふった。
｢俺が、周りには……特にAにだけは知られたくなかったこと｣
投げやりな声が続いたのに、センラは最後にくすくすと笑った。まだビールは3本目だ。
｢もう酔ったの？｣
｢まさか。まだ3本目やで？正気やわ｣
いつもと変わらない声だけれど、何故かセンラの戸惑いを感じた。私を見つめる瞳がゆらゆらと揺れている。
私に聞きたいことでもあるのかと思った瞬間、渉さんのことが頭に浮かんだが、そんなはずないだろうと思考をかき消すため、私も3本目のビールを開ける。
｢センラ？｣
普段と変わらない声で問いかけると、センラは顔をしかめた。その理由が思い当たらない。
｢どうしたの。やっぱりあんた、昨日からちょっと変じゃない？｣
私の声に、センラは視線をふっと外した。重苦しい様子に、焦りを覚える。彼はしばらくしてようやく口を開き、ゆっくりと右手をあげた。
｢なあ、Aのここには誰がおるん？｣
｢え？｣
センラが指さしたのは、私の胸のあたりだ。触れるか触れないか、ギリギリの場所にある指は、かすかに震えていた。
｢センラ……？｣
｢Aが言ってた好きな人って………やっぱり、うらたんなん？｣
絞り出すようなセンラの声に、ぎゅっと胸が苦しくなる。
｢わ、私は……｣
あれは伊藤くんのことを断るための言い訳だったのだと言うべきなのは分かっている。渉さんのことが好きなのだと言うべきなのも。
それなのに、何故か言葉が出てこない。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 317人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ちょこ - 更新が止まってます！戻ってきてください！続き楽しみに待ってます！(´;ω;｀) (2022年3月9日 2時) (
レス) @page36 id: 5ad0b4ef6a (このIDを非表示/違反報告)
りょくちゃ(プロフ) - 続編待ってました...！これからが楽しみすぎる...更新楽しみにしてます！ (2021年4月2日 16時) (レス) id: f217387575 (このIDを非表示/違反報告)
りひと(プロフ) - いずりすさん» お久しぶりです。おまたせしました！また頑張りますのでよろしくお願いいたします！ (2021年2月20日 23時) (レス) id: f7fd8fd8e6 (このIDを非表示/違反報告)
いずりす - わぁあ!!!続編おめでとうございますぅう…!!!待ってましたぁ…。またりひとさんの作品が更新されるのもう…嬉しすぎて泣けてきます…。無理せずりひとさんのペースで更新頑張ってください!!!これからも応援してます!! (2021年2月20日 13時) (レス) id: 70d681a1bb (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
