君の犬になってもいいよ【東海オンエア】

犬、IQ６ ページ43

なんの抵抗もなく、まるで穏やかな川から流れてくる桃を当たり前のように受け入れる昔話みたく、その出来事は起こった。
りょうに名前を呼ばれて反射的に顔を上げたあたし。すると柔らかくて温度のあるものが唇に触れた。それは例えるならば、レンジでチンしたタラコだった。でもレンジでタラコを温めると、焼きタラコになって固くなるので、少し違うかもしれない。
そこまで考えて、あたしは現在進行形でゼロ距離にあるりょうの顔を冷静に眺めた。やっぱり整ったパーツが見事に揃っているなと考える。そして、すぅとあたしから離れた彼が何事もなかったかのように。

「さっきの話に戻るけど、今日からテスト期間だから部活無いよ」

と言ったので本当にビックリした。なのに。

「…ああ、そうなんだ」

タラコのお陰でIQが６になってたあたしは、濁った脳みそでそう答えていた。

「Aはテスト勉強するの？」

花壇に整列するように植えられたいろんな色のコスモスを眺めながら、りょうの問いかけに頷く。

「勉強……する、けど……するけどさ」

「うん」

「今、キスした？」

「うん。した」

潔い程に大きく頭を縦に振った彼に、あたしは返す言葉もなく項垂れる。やっぱりされてた！唇だった！タラコだった！と頭の中で何度も同じ単語を繰り返した。反芻しながら、あたしは恐る恐る尋ねる。

「聞いていい？」

「うん、いいよ」

「なんでしたの？」

「可愛いと思ったからつい」

返ってきた回答があまりにも簡単で素直過ぎて、聞いた自分が逆に変な人みたいな雰囲気になる。

「ダメだった？」

「駄目とか駄目じゃないとかじゃなくて、順序が」

「順番なんてあるの？俺達はみんなから見ても、二人から見ても付き合ってるのに？」

りょうはとても清々しい顔をしていて、もはや誇らしげにも見えた。物事を隠さない人だとは思ってたけど、まさかここまで自分の気持ちを大胆に表現出来る人だとも思ってなかった。彼の薄い唇が目に入り、先程のハプニングイベントを思い出して頰が熱くなる。

「もうあたし、りょうの顔見れないよ…」

「どうして？俺は見れるよ」

「だって恥ずかしい」

「恥ずかしくてもいいじゃん。こっち見てみなよ」

そう言って笑ったりょうの声がすごく優しくて、彼の顔を見たくなったあたしはそっと頭を上げる。視界に映るりょうの表情は、あたしの固まった心をほぐすのには最適な柔らかさだった。

「ほら、見れるでしょ？」

彼に問いかけられた時、否定できなかった。あたしはもう既に、この人の事を好きなんだと確信した。

りょう、猿になる→←犬、好きなところ

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す