君の犬になってもいいよ【東海オンエア】

犬、何も知らない ページ20

何か用事でもあるのか、彼はコーラ片手にいつまでもあたしを追いかけてくる。誰から聞いたのか、あたしのことを少しは知っているらしい。

「もし賭け事してるなら相手を間違ってるね」

「……………」

賭け事と言われれば、りょうとの約束なので賭け事かもしれない。あたしは黙り込む。

「だって女の子の敵増えるでしょ。りょうマジでモテるよ」

「そういうのよく分からないから」

「なんで？好きなのに？」

「え？」

思わず聞き返してしまった。あたしの隣に並んできたとしみつは、目を丸くして今一度尋ねてくる。

「好きならある程度どんな人か知ってるもんじゃん」

「……」

「趣味とか、好きなものとか」

「そんなの知らないよ」

「ええ、りょうのこと好きなくせに変なの」

眉をひそめて炭酸を口に含んだ彼。ペットボトルに入った黒い液体が波立って揺れる。好きなくせにって、一体誰目線なのだ。

「振られちゃうなぁ、そんなんじゃ」

「今から知っていくからいいの」

「俺だったら自分に興味ない彼女とか嫌だもん」

なぜか勝手に分析されて、一方的に別れを決めつけられた。面倒臭いなぁと思いつつも中庭に出た瞬間、視界に入った男女にあたしは足を止めた。

「あ、りょう」

横から聞こえたとしみつの声。咄嗟にとしみつの腕を掴んだあたしは呻く彼を校舎の影に引き摺り込み、隙間からりょうの姿を覗き見る。中庭に居たのはりょうと、先程あたし達の教室まで来てたあの女の子だ。

「…さっきの後輩じゃん」

独り言のように呟けば「なんで隠れんの」と隣に居るとしみつが遠くを見るように目を細めている。

「なんて言ってんだろう。遠過ぎて会話が聞こえない」

としみつの言う通り確かにここからじゃ聞こえない。でも何故か、りょうが彼女に何を言ってるのかあたしは何となく分かった。真剣な顔をしている彼と、真っ直ぐ彼を見やる彼女を静かに眺めた。

「あの子、よく陸上部見に来てた子だ」

としみつの言葉に「そうなの？」と返せば、彼は厭そうに眉をひそめる。

「ほんとに何も知らないんだね」

「…うん」

「部活どころか、大会にも応援来てたらしいよ」

「そうなんだ…」

あたしと違って、彼女は本当にりょうの事が好きなんだと思う。りょうに何を言われたのか、悲しそうな顔をしている後輩を見ていると尋常じゃないレベルの罪悪感があたしの心をじわじわと隙間なく埋めていく。

「あれ見てたら、りょうがモテるのよく分かるね」

そう呟けば、隣に座る彼は何を今更といった風な表情をした。他人を想うというのは、ああいう事なのだろうかと彼らを見つめる。

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