犬、落ちたい ページ30
半分に割れた月が空にぽつんと浮いてるのが見える。沢山笑ったあの後、門でてつやと別れたあたし。自転車を取りに行ったりょうに、正門で待っていてと言われたのであたしは月を見上げて彼を待つ。月には不思議な力がある。月の光に照らされると、今まで影に隠れて見えなかったものが見えてくるような気がする。まるで平安時代に愛しい人の来訪を待つ女性が和歌を詠むように、あたしは月を見つめた。
「A」
駐輪場から自転車を持ってきたりょうがあたしの名前を呼ぶ。振り返るとそこには自転車に跨ったりょうが居て、彼はあたしを手招いて言った。
「後ろ乗って。暗いから家まで送る」
「でもあたし電車で来てるんだよ」
「知ってる」
ハッキリとそう答えた彼。戸惑うあたしは、自分の家はここから三駅もあると伝える。自転車に跨ったりょうは浅く頷いた。
「俺も家そっちの方だよ」
「えっ、そうなの?…じゃあいいか」
同じ場所に帰るなら、しかも彼が乗ってというのなら良いんだろう。失礼しますと後ろに座ろうとしたあたしに「切り替え早いなぁ」とりょうが笑ってる。
「男の子と二人乗りするの初めて」
「そうなんだ。なんかそんなこと言われたら緊張する」
「沢山乗せてそうなのに?」
「そんなことないよ」
「ほんとかな」
笑いながら自転車の後ろに乗った。図星だったのかどうなのか小さく鼻でふふと笑った彼が「行くよ」って声を掛ける。その瞬間、重いって思われたら嫌だなってふと体が強張った。
りょうがペダルを踏み込むと、ぐっと大きく自転車が動いてあたしの体が軽く後ろに傾く。途端に自転車から落ちそうになり焦った。どこを持っていればいいか分からず、とりあえず自分が座るキャリアの端を掴む。
「A、どこ掴んでるの?」
「自転車の鉄のとこ」
「危ないから俺の体掴んでて」
チラリとこちらを見た彼は、躊躇いなくあたしの手を引いて自分の腰に持っていく。制服の布越しに指に触れた彼の広い背中。皮膚から伝わる熱いその感触に心臓がギュウと掴まれたように苦しくなった。
「道教えてね」
りょうの言葉に頭を縦に振る。そして彼からはあたしが見えてないことに気が付いて「うん」と言い直した。
彼は程よいスピードで軽快に自転車を漕ぐ。重いかどうか尋ねようとしたあたしは、それをすぐにやめた。そんなこと聞いてもつまらないし、困らせるだけ。でもそう感じるあたしはきっと、恋をしてみたいと思い始めてる。
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匿名(プロフ) - エルタソさん» お返事遅くなりました。こちらこそコメントする事への高いハードルを越えてメッセージを残して下さり、私へのキュンキュンをありがとうございます!見てくださるだけで充分に、本当に有難く支えられている事を実感しております!また是非、覗きに来て頂ければ幸いです。 (2021年1月14日 2時) (レス) id: c0fa65fbb4 (このIDを非表示/違反報告)
エルタソ(プロフ) - 初めまして、最近読み始めたのですがとてもキュンキュンしています!どうにもこの気持ちをなかなか言葉にしにくいのですが、どうしてもキュンキュンしたことを伝えたくてコメントを書かせていただきました!これからもご自身の無理のない範囲で更新頑張ってください (2020年11月19日 23時) (レス) id: e58e659101 (このIDを非表示/違反報告)
匿名(プロフ) - ヒロさん» 度々メッセージくださり嬉しいです!ありがとうございます。連打機能あれば素敵ですね!ぽてぽて歩くてつや君の良さが伝わればいいなと思って捩じ込みましたが、共感していただき私も胸が高鳴っています。。これからもヒロさんの小さな楽しみになれるよう頑張りますね! (2020年11月12日 22時) (レス) id: c0fa65fbb4 (このIDを非表示/違反報告)
ヒロ(プロフ) - 今日の更新が素晴らしすぎて☆連打したのに、評価10点じゃ足りないしそもそも評価済みでした!!!きゅんきゅんやばいし個人的にぽてぽて歩くてつやがツボすぎました…。何度もコメントしてすみません…ただこの胸の高鳴りを伝えたくて……返信不要ですorz (2020年11月11日 23時) (レス) id: e6bb449d2f (このIDを非表示/違反報告)
匿名(プロフ) - こゆみさん» てつや君はお兄さんというよりも私の中では弟っぽいイメージの方なので、中々男らしさを発揮できずにいます(笑)今後かっこいいてつや君が顔を覗かせる時が来るのか、来ないのか…最後まで見守っていただければ幸いです!嬉しいメッセージありがとうございました! (2020年11月10日 0時) (レス) id: c0fa65fbb4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:匿名 | 作成日時:2020年9月22日 16時