ニコラシカ

35.ぴりぴり ページ35

誰かがあたしの肩を優しく揺する。ゆらゆらと心地の良い微睡みの中であたしは薄眼を開けた。

「こんなとこで寝てたら風邪引くよ」

「………ん」

渡邊さん、と彼の名前を呼ぼうとしたが寝起きのせいか喉が閉まっていて声は出なかった。今一度目を細めて、ゆっくりと起き上がる。半分寝ぼけたままスマホに手を伸ばし、画面を付ければメッセージの通知でいっぱいになっている。時刻は２３時前。通知の数は６２件。端末の画面を消して彼を見上げた。

「帰って来て直ぐ寝てたでしょ」

「……ん、………はい」

「コンビニで飯買って来たから好きなの取って」

彼は淡白な感じでそう言って机の上に指をさした。重たい頭を動かして視線をそちらへやれば、机に並ぶ沢山のビニール袋。寝違えたのか首が少し痛い。ソファーから降りれば、体がやっと起床したと認識したのか"ぐぅ"とお腹が鳴った。

「…すげぇ音」

彼の呟きに反応する事もなくリビングへ向えば、ふとシンクへ目がいく。汚いと思い目を離して、また直ぐにそちらへ視線をやった。缶ビールや紙パックが並ぶ流し台の中に、何故か空っぽになったあたしのお弁当箱も混ざっているのだ。

「あんた、今朝お弁当忘れて行ったでしょ？机に置きっぱなしだった」

そんなあたしの様子を見ていたのか渡邊さんがそう言う。忘れた。確かに忘れたけど、そんな事よりもあたしは昼間の事を思い出してグニャリと顔をしかめた。

「…困ります。学校まで来られたら」

「え？なに？あいつ学校まで届けに行ったの？」

「……届ける？何を」

「なにって、弁当」

彼の予想外の言葉にあたしの思考が止まる。長い間止まって、止まって…ぐるぐるグルグル回りに回った後、途端に活性化しだした。

「あれお弁当届けに来てたの？」

「らしいね」

淡々と答える彼。あたしは理解できないジン君の行動にめっちゃ腹が立って、それも通り越して恐怖感じて、それを超越してちょっと嬉しいとかいう感情が全部を追い越して来た時には自分に一番びっくりした。

「…なんなの」

あたしはスーパーの袋からおにぎりを二つ取ってリビングの椅子に座る。凄く嫌だったのに、ハッキリと嫌だったって言えない事が起こってるのだ。あたしは怒りの火が、何か得体の知れないものに包まれて静かに鎮火していくのを感じた。

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