▼ ページ6
ざあざあとバケツをひっくり返したような豪雨の中で何故か、過労で倒れた時の事を鮮明に思い出していた。豪雨の音が何百時間も聞いたタイプ音に似ていたから、思い出してしまったのだろうか。
「傘…」
いつから、雨が降ったのか分からない。けれど、今の今まで雨が降っていた事に、肩が寒さでぶるりと震えるまで気付かなかった。
肩に叩き付けられる雨粒。メイド服に雨が染み込んでどんどん身体が冷えていく筈なのに、顔は異様に熱かった。
更にぼうっとする頭の中。呼吸は荒く、足は泥濘の中を歩いているみたいに重く、1歩1歩を踏み出すだけで大量の汗が額から溢れた。
「かえ、らなきゃ……」
そうだ。私は配達を終えて、カフェMASKに戻る途中だった。
急いで帰らないと、周りに迷惑を掛けてしまう。
早く、帰らないと。早く帰って…何を、するんだっけ？
何からすればいいんだっけ。まずは、次の配達が無いかの確認？いやその前に店内販売用の商品の仕込みを。いや違う。まずは在庫確認して、いや違う。その前に今日出た皿や使った調理器具の洗い物をしなきゃ。いや、違う。違う。これじゃ、またきなこさん達に迷惑が掛かってしまう。
これ以上の迷惑が掛からないように、もっと効率よく仕事を回さなきゃ。考えて、動かなきゃ。
仕事の内容は頭の中で全てリスト化して、優先するもの後回しにするものを分別し効率良く回せるようにしていた。けれど、今はその機能が全く働かない。
頭が思うように働いてくれない。なんで、こんな時に働いてくれないんだ。
「はぁ…はぁ…」
息が苦しい。頭が痛い。身体が寒いのに熱い。
肉の中に鉛玉を詰め込まれたように足が重い。進む度に視界が左右に激しく揺れ、残像を引くものだから平衡感覚を狂わす。
こんなの、ただの風邪だ。この程度なら大丈夫。
過労で倒れた私には分かる。このぐらいで倒れはしないから大丈夫だ。大丈夫、大丈夫…大丈夫だから、彼処にまだいたいの。
『うちの仕事…します？あ、えっーと。募集要項見てたから受けに来てくれたのかなって…ここ、俺らの店です』
『うん、採用！今からでも明日からでも、取り敢えず宜しくね！』
彼処に、帰りたいの。
次の瞬間、膝から力が抜け落ちそのまま前へ倒れていく。
伸ばされた腕によって倒れる事は無く、冷えた身体を包んだコートには人の温もりが残されており、意識を深く落としていく。
「…お前はホントに馬鹿だな」
最後に聴いた声は、酷く泣きそうな声をしていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 3390人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：こりん
| 作成日時：2024年3月30日 0時
