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叶さんの眼差しは私の葛藤を見透かしているようだった。
ここまで世話になった彼に余計な心配を掛けさせたくなくて、誤魔化すようにへらっと笑い、バレないように言葉を紡いだ。
「い、え…今は熱あって、身体は大丈夫じゃないですけど…他はだいじょー…」
大丈夫、と言おうとした口に叶さんの人差し指が触れて声が出なくなった。
唇に指腹が触れた瞬間、グッと肉薄する叶さんの顔。
生え揃った長い睫毛が薄墨色の双眸を覆いながらも、その輝きは保たれていた。呼吸さえ奪われるような近さで既に火照った顔に熱が籠ったような気がして、動揺が隠せずにいると…その身を
不思議と嫌な感触はしない。他意はなく、手つきも厭らしくない為か…挨拶のハグのようにも思えた。
「目を閉じて」
「えっ？」
「ほら、目を閉じる」
「は、はいっ」
言われるがまま、目を閉じる。
すると、叶さんはぽんぽんと赤子をあやす様に背中を一定のリズムで叩き、もう片方の手で髪の表面を梳くように撫でた。
叶さんのような美の概念そのもののような男性に抱き締められているのに、不思議と気が落ち着いている。
熱で思考が回らないのもあるのだろうが…何処か、心地好い。叶さんから香るラベンダーとベルガモットの匂いもあるのだろうか。凄く落ち着いて、異性に抱き締められているという認識より、母親や自分に近しい人に抱き締められているような気になる。
「僕は今、Aさんを抱きしめるぬいぐるみです」
「そ、それは無理があると…えぇと…」
「ぬいぐるみです」
「はい」
「…ふふ。僕はただのぬいぐるみなので、存分に甘えちゃっていいんだよ。誰かに言えないことも、ぬいぐるみにならきっと言えると思うんだ」
ビクッと肩が震え、顔を上げようとするも叶さんが後頭部を自身の肩口に寄せている為、出来ない。耳許で子守唄のように囁く叶さんの声に導かれるように、じわりと目頭が熱くなった。
「ほ、んとに…だいじょ…ぶ…ですから…わ、たし」
だって、私は大人だから人前で泣くなんて、恥ずかしい事は出来ない。前は母と友人だったから、大号泣をしてしまったけど、叶さんの前で泣くなんて…。
泣いちゃダメって思ってるのに、優しく背中を摩る叶さんの手が喉で堰き止めていた壁を決壊させていく。1度ヒビが入った壁を修復する事は出来ず、叶さんに縋るように身を寄せ、小さく嗚咽を洩した。
「わ、たし……カフェMASKを…辞めたく、ない……」
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作者名：こりん
| 作成日時：2024年3月30日 0時
