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 ふと、耳馴染みの良い歌が聞こえた。どこかの店でBGMとして流されていたのだろう。何度も何度も聴いたその歌の歌詞は、わざわざ思い出す事もなく俺の頭の中で続く。

ー思い出になんてなりたくないから、忘れないで

少女と大人の中間の様な歌声だ。この歌が発表された時彼女はもう22歳で、俺とお酒を呑みに行ったり、少し憧れるからなんて言って煙草を購入したりしていたから、そのギャップがなんだかおかしい。結局スポーツ選手の俺のことを思ってかその煙草の封は開けられることがないままだ。

 俺が今いるのは街のど真ん中で、雑踏していた筈なのに、たった1人でそこにいる様な虚無感に囚われた。タイムセールを宣伝する店員さんの声と何重にもヴェールがかけられたみたいにくぐもって聞こえた。それから暫くーそれは俺にとってそうなだけであって、実際は10とか20秒とかのそのくらいの時間だけれど、俺はその場に立ち尽くしていた。同じチームに属する角名に声をかけられ、俺は顔を上げた。

 ごめん、と軽く謝る俺に角名は怪訝な顔をして見せた。意味ありげに細められた目が「大丈夫か」と有有と語っていた。早く行こう、と意図的に明るい声を出した俺に、角名はそれ以上何かを聞くことはしなかった。さっきから俺の頭の中で流れ続けるこの歌を俺は止めることは出来なかった。俺はもう子供じゃなくて、それをきちんと理解している筈なのに、もう5年もこの思いを昇華出来ずにいるのだ。いっそのこと忘れられたら楽なのかも知れない。だけどそれはAに対しての裏切りのように感じたし、至る所で聞くその歌はそれを許してはくれない。そして何より、俺自身がそれを望んでいない。

 Aがそれを聞いたら、喜ぶだろうか、それとも悲しむだろうか。彼女は優しいから早く忘れてくれと懇願するのかもしれない。だけど、嬉しいに違いない。彼女は俺のことを大好きだから。俺は彼女の機敏な感情の変化については1番詳しいつもりだ。今もまだAのことが好きだといえば、彼女は満足そうに口角を上げるだろう。絶対に、そうだ。

ー忘れられるはずが、ないでしょう?

記憶の中の彼女は、白い歯を見せた。

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作者名:定期テスト攻略ワーク。 | 作成日時:2020年7月19日 19時

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