文豪迷犬【壱】 (ページ3)

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敦の心の中は言葉では言い表せないような感動で埋め尽くされていた。

エドモン・ダンテス――免罪により転落人生を送ったモンテクリスト伯。彼の復讐物語。
主人公を演じていた青年も、主人公の妻を演じていた女性も、主人公を突き堕とした青年も、誰も彼もが本人に成り代わっていた。

まるでその役はもう１人の自分だというように。

特に主役の青年は声量も演技も桁外れだった。
加えて脚本を考えたのも彼だという。

ポスターを見ながら目を輝かせている敦の元にパンフレットを買ったらしい太宰が笑顔で近づいてくる。

「そんなに面白かったかい？」

「はい!とっても!!」

「じゃあそろそろ帰ろうか。
早く帰って報告書だけでも出さないと、国木田君が五月蠅いだろうからね。」

外に出ようとしてドアに手をかけ、微笑んだ太宰の顔に夕陽が照らされる。
出会ったばかりのことを思い出して思わず敦も微笑み外に出た。

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近道をしよう、と云ったのは太宰の方だった。
その方がきっと早く帰れるから、と。

路地裏。

敦ほどの少年が、５，６人に暴行されている。
チェック柄のシャツの上から緑色のベストを羽織り、堅く黒い前髪をオールバックにするように黄色のピンで留めている。

ちらと見えた左目には黒いアザ。

厄介ごとに巻き込まれた、と少し面倒くさそうな顔をしている太宰に反して「助けなければ」と考えた敦が〝脚力〟を使って揺らいだのと同時だった。

空間が変化したのは。

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