煙草 shp ページ3
タバコの匂いが鼻を掠めた。
あ、あの人が吸っていたタバコだ。
気付いた瞬間、思わずその人を目で追った。あの日私の前から去った憧れの人。その人だったらいいな、なんて思いながら。
同じようにこちらを振り返ったその人はよく頭を撫でてくれたあの人に似ていた。
「…あのっ」
声を掛ける。目の前の人は微動だにせずこちらを見据えている。
「あの?」
「ああ、すみません。なんでしたか?」
やっと返ってきたその声はあの頃から少しだけ低くなっている気がする。
「いえ、あの。昔、憧れていた人によく似ていたもので」
「…それは、偶然ですね。俺も貴女のことを知っているような気がして」
やっぱり、本当に目の前の人はあの人なんだ。その事実がとても喜ばしい。でも彼は微笑するだけで喜んでいるようには見えない。
「やっぱり貴方は」
あのお兄さんなんですね
そう、口にしようとしたけど出なかった。いや、出せなかった。彼に口を塞がれたからだ。
「ごめんなさい。やっぱり…俺たちは会わなかったことにしましょう」
私の口を塞いでいた手を下ろす。少し、悲しそうにそんな言葉を放った。
「…それは、どうして?」
急にそんなこと言われたって納得できるわけがない。あのときの話だってしたい。あのとき伝えられなかったことだってあるのに。
「ごめんなさい。…やっぱり俺の人違いでした。貴女は俺と知り合いなんかじゃない」
嘘だ。確実にあの人なのに。でももう何も言わないでほしい、なんて視線向けられたらもう何も言葉を紡ぐことができなかった。
「…そう、ですね。私も貴方が知り合いだと勘違いしていたのかも」
「ええ、すみません。…さようなら」
「はい、さようなら」
あの日あの人と紡いだ言葉を口にする。あの人と二度目の別れが来るなんて思ってもみていなかった。
彼が去ったあと暫く、その場に立って涙を流した。
“好き”だと伝えたかった。
頭が良くてスポーツができて優しくて、まるで完璧を具現化したような彼がいつだって憧れで、同時に大好きだったんだ。それを伝えたかった。
なのに、再会できたのに、また話せると思ったのに。それも伝えられずたった短い会話と“さようなら”を交わすなんてあまりに酷すぎやしないか。
あの人が最後に放った“さようなら”の言葉はきっと永遠なのだろう。だからこの想いだって伝えることはできない。
「…好きだよ、」
呟きは近くを通った車によって掻き消された。
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作者名:ルオ | 作成日時:2023年12月18日 20時