巡視者ボールペン最高 ページ14
「な、んだこれッ！」
視界の端がじわじわと侵食されるみたいに悪くなっていく。僕は必死こいて自分の背後に壁を建てて、だからといってそれがなくなるわけでもないんだけどどうにか、どうにか逃げなければならないと回らない足を回し続けた。
ふ、と前を向くと透明な輪郭が一瞬だけ見える、やばい、なんて、汚い言葉使っちゃいけないけれどそう思ったのも束の間僕は視界が真っ暗になって見知らぬ場所に意思も関係なく歩いていた。
殴られてはいや、妥協の一発だ。と、頑張って割り切って痛む体に鞭を打って走る。大丈夫、大丈夫。まだいくつか手段はある。あるよね、あるはずだろう。
「あ、アイヴィ！」
彼女の動きは止まらない。今はイース人に意識を取られているのだろうか。……ああ、やっぱり。ホセさんが憑依されて悲鳴を上げている。お願いだ、今日一発目、僕なんて大して回数も出ないのにこれで負けたらまた数ヶ月は引きこもり生活になってしまう。それだっていいけれど、負けた時の息苦しさが好きじゃないんだ。
出窓の板を倒して、彼女が割るのを見ることもなく階段を駆け上がる。は、はあ、うっ、なんて自分の口から聞きたくもない息切れが聞こえてきて、立ち止まりたくて仕方がなかった。早く、早く回れ、暗号機！
僕が目を開けた時、彼女は正面にいた。不安になるくらい細い腰に、細い腕。黒いワンピースを翻して美しく笑っている。
「ごきげんよう」
わざとらしい言い方だった。彼女が普段からそう言っているのかいないのか定かではないが、僕と話す予定はなかったと言いたげな声色だ。
あ、やばい。振り上げられた腕に僕はなすすべもなく殴られ、吹っ飛んだ上にそれが椅子前なんだから最悪だ。暗号機も2台しか上がっていない。
僕はいつもより長い時間この椅子に座って言われるようにうたた寝をしてくう、と鼻を鳴らした。切れた息がようやく戻りつつある。ホセさんがやってきたというのに彼女はもうどこかに瞬間移動をしていて、彼の危機一髪は無駄になることになった。だけど、治療をしてあげると申し出てくれたのでふたりで近場の暗号機を回しながら、戚十一さんがハンターが近くにいる！といつもの落ち着いた声(いや、少し焦りが滲んでいるかもしれない)で報告してくるのを聞いていた。
ああ、むずかしい。頭を使うことには慣れていなくて布の擦れる音だけを聞いて、もう何もしたくない、ロッカーに隠れていたいと涙を流しそうになった。
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作者名：ちーうし | 作成日時：2024年1月22日 0時
