抱えたもの【伏見臣】 (ページ2)

今日:4 hit、昨日:9 hit、合計:46,404 hit

page1 ページ2

ふと窓を見た。もう、秋がきたのか。会社に入って初めての秋。この季節が来る度に思い出す。あの人のことを。

「Aちゃーん？そろそろ行くよ！」

「あ！はいっ」

上司である李奈さんに声をかけられ、ハッとする。これから取材があることを思い出し、鞄に手帳とパソコンを入れて李奈さんについて行く。

「Aちゃん、今日の取材どこだっけ？」

「天鵞絨町ですね～」

「え！天鵞絨！？」

李奈さんは“天鵞絨”の名前にすごく反応した。普段はクールな感じで仕事もできる人だから、李奈さんの大きな声を聞いてびっくりした。

「李奈さん、どうしたんですか？」

「聞いてくれる！？」

「ええ！？」

李奈さんが言うには、天鵞絨町に好きな劇団があるらしく、会えるかもしれないとテンションが上がってしまっているようだ。今も隣で「どうしよう、もっと可愛い服着ればよかった、なんでスケジュールチェックしなかったの」とブツブツ言っている。

「Aちゃん～、どうしよー！」

「そ、そんなこと言われましても...」

「至くんに会ったら...ああああ、だめだ！」

「い、至くん？」

私がそう聞き返すと「私の推しなの！」と言ってそそくさと携帯を出して写真を私に向けてきた。ああ、確かにイケメンだな。

「至くん、今頃稽古してるのかな～」

「李奈さんって演劇好きだったんですね」

「そう！演劇の編集部からチケットもらってね」

確かに天鵞絨と言えば演劇だ。ただGOD座というのは聞いたことあっても、李奈さんの言うMANKAIカンパニーは聞いたことないなあ。

「最近出来たんですか？」

「そう！え？Aちゃんも興味ある！？」

「いや、興味といいますか...」

「それなら今度の秋組旗揚げ公演！行こう！」

何故か李奈さんの中で話が進み、私は演劇に連れていかれることになった。ちなみにその日の天鵞絨町では至さんに出会うことは無かった。