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楼主の声が目前まで迫っていることを実感させられた。2人はなんてことないように、澄まし顔のまま。私のように恐怖で顔をゆがませてなんかいない。逃げ出したい私が、なによりこんなところに居座り続けちゃいけない。でも、背後の声に足がすくむ自分の姿も間違っちゃいない。
「俺らの側にいても百、外に出られる機会を逃すわけじゃねぇ、・・・・・・ってことだけ頭に入れとけ。そんな顔すんな。」
気を遣われた。
表情を隠すの上手なはずなのに。
いま、それだけ私は自分に余裕がないんだわ・・・。
それでも口籠もる私を余所に、後ろでどたどたと廊下を走り回る音が近づいた。何かを察した彼は徐に立ち上がって、廊下に繋がる襖に手をかけた。思わずその手の着物の袖を掴み、「待って」と止めた。
「・・・そんな慌てんな。まあ、すぐ決めろとは言わねぇから。ちょっと待ってろ。」
ぽんと頭に置かれた大きな手が、改めて相手が男の人だと感じさせられて、ほんのわずかに頬に熱が集まるのがわかった。歳も変わらないはずなのに、自分が幼く見える。
彼がこの部屋を出て、厳かなこの雰囲気がより一層深くなり、しんと静まりかえった。もう1人の彼と特に話す内容など思いつかず、どうすることもできなかった。
これは何かお話しすべきなのか?
男の人と話すなんて、お客様くらいだから、こんな綺麗な人に見合うようなお話しできない気がする。
「お嬢さん?ちょっとお話ししません?」
.
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彼に促されるまま、畳の上に腰を下ろし、お言葉に甘えて足を崩して座った。走る際に持ち上げた裾を直し終えたあたりで、簡単に自己紹介をした。
百合の花の着物を優雅に着こなす彼は“千羅”と名乗った。源氏名だ、と笑った。先ほど部屋を出た彼は“浦田”というらしい。彼はかわいらしい愛称で呼んでいたから、よほど仲が良いとみえる。
「金香太夫が逃げ出した理由、教えてくれへん?」
そう開口一番に切り出されて、うっと言葉を詰まらせた。まず、私のほうがあなたたちに質問したいんだけどな・・・。この人の言葉選びが達者で、あっという間に彼の流れに乗ってしまった。
もうこの際だ、と開き直って口を開いた。
『・・・普通の生活がしたいんです。・・・普通の恋がしたかったんです。』
そう小さな声で呟くと、煙管を吹かせた千羅さんは、ふぅっと息を吐いて口角を上げた。
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さくらいろ(プロフ) - マロンさん» ありがとう(*´˘`*)最近更新する時間を作れることが多くて今頑張ってます!待っててください(^^) (2020年5月30日 16時) (レス) id: 8627590864 (このIDを非表示/違反報告)
マロン(プロフ) - さくちゃん待ってたよぉぉお!!てか最初の方から好きすぎてやばいのですがどうしましょう!?← え、取り敢えず好きすぎてやばいです……!!!、 (2020年3月22日 21時) (レス) id: 16f9fe16fe (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:さくらいろ | 作成日時:2020年2月27日 23時