妹が心を忘れて思うへや ページ21
みんみんと盛んに鳴く蝉達の声だけがそこにあった。
少し古びた墓には「三条家之墓」と達筆で刻み込まれている。古びているものの、丁重に扱われていることがよく分かる綺麗な墓に、信玄は花を添えた。
ある意味機械的に鳴き続ける蝉の声と顔の輪郭をなぞるように落ちていった汗一粒が、少しホコリを被った記憶を引き連れてくる。
____丁度今日と同じ日だった_いつだって忘れたことはない_まだ、ラベンダーの香りが傍にあった頃の、愛おしい日々の記憶だ。
🪻
____「お久しぶりですね、信玄様。」
そう言って、大人びた顔に柔らかくて幼い笑みを浮かべて彼女_三条しのは微笑んだ。
気怠げな午後の太陽が彼女を照らし、妙な儚さを醸し出していた。
その頬は、夏だと言うのに白く、青い空を後ろに立っているその姿はまるで亡霊のような淡くて仄かな黒さを孕んだ美しさを纏っていた。白いワンピースに白い女優帽を被っているから尚更だ。
黒い日傘でできた藍色の影に顔が隠れると、消えてしまったのではないかと心配になってくる。
声はどことなく、別の世界から聞こえているかのような、ベールに包まれてくぐもったような声に聞こえた。
「久しぶりだな、しの。」
「お会いできて嬉しいです。お怪我も無いようですし。」
「お前は元気そうだな。いつもより明るい顔してる。」
「ふふ、信玄様に会えたんですもの。」
しのは立っているのも少し辛そうで、柔らかな笑みの裏に、冷や汗が滲んでいるのがよく分かって痛々しかった。
信玄はそっとしのの傍らに立ち、しのと腕を組んで、倒れてしまいそうな細い体躯を支える。
元々細い腕だと言うのに、近頃細さが際立ってきている。彼女の命の灯が、もうすぐ吹き消されそうなのだと否が応でも理解してしまった。
しの自身がそのことを一番よく分かっている筈なのに、何事もないかのように微笑み、更には人に迷惑をかけまいと行動している。それだけでも十分に愛おしかった。やはり自分は彼女の優しさと強さを好きになったのだと改めて気付く。
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