花弁ひとつ【われそら】 (ページ17)

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「久さん、おはようございます。」

「おはよ〜、まさちゃん。ごめんねぇ、遅くなっちゃって。お兄ちゃんが「許さねぇッッ」ってゴネたから。ああいう時だけお兄ちゃんの早起きグセ、恨めしくなるな…
それにしても、一ヶ月くらいだっけ?会ってないうちに随分健康的な見た目になったね〜前会ったときは今にもぶっ倒れそうだったのに。」

「最近外に出ることが多くて…ちょっと外出るだけでもすぐ焼けるんすよね。
あ、あと、全然待ってないんで大丈夫っすよ。ほら、汗も殆どかいてない。じゃ、行きましょうか。」

待ち合わせ場所のサイクリングコース…という名の山道の入口に立っていた彼＿＿服部正成の笑顔は、まだ顔を出したばかりの太陽と同じくらい眩しかった。
前見た時よりも随分、いや、物凄く健康的な小麦色に焼けた肌をしているし、ほっそりした印象も取っ払われた。私は、烏滸がましいかもしれないけれど心配していたので心の中でほっと一息吐き出した。それと同時に、彼の心配をすることも許されないほど、遠いところにいるのだと突き付けられた気がして苦しかった。

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首都圏ならどこでも行けると、少し前に彼から聞いていたが、ホントだったようだ。少し山道も通って、ちょっとした高いところから海を見下ろしたり、青々とした葉をふんだんに身に着けた瑞々しい木が両端に聳えるサイクリングコースを走り抜けたり…寄り道をしつつ、昼には通りかかった店でパンケーキを食べた。
彼がパンケーキを頬張る顔を少し盗み見ていると、妹に言われた「デート」という言葉が脳裏に蘇ってくる。それは焦げたバターのようにドロリとこびりついて離れなくなった。そう、私は彼と恋人でも何でもなければ、本来関わるような人間でもない。好きだと伝えられたらどれほど楽だろうか、このサイクリングを恋人同士としてできたらどれほど幸せだろうか。
もう8月も末だというのにクーラーのきき過ぎた店の中の気怠げな昼の空気が、私の体を蝕む存在を浮き彫りにしていく。もし＿＿もし彼の中で私の存在が大きいのなら、きっと私は死んでも足手纏いになる。そうなれば良いのにと心の何処かで叫んでいるけど、結局自分に自信がなくて足手纏いにすらなれない。
我ながら、いつもより頭が冴えたような気がしてなんとも言えなくなった。