たえて桜のなかりせば ページ14
「…うわぁ…桜ってやっぱり本数が沢山あると綺麗ですねぇ…」
早輝はるんるんとご機嫌な様子で恋人と握った手を振りながら桜並木を歩いて行く。氏真はそんな早輝に腕を引っ張られつつも、ご機嫌な様子の早輝を笑顔で眺めている。
早輝は枝に近付いたり遠くから眺めたりと忙しなく動き回り、桜の花弁が舞うのを楽しんだ。
「早輝はソメイヨシノが好きなのか?」
「寧ろソメイヨシノくらいしか知らないですけど…え桜って種類とかあるんですか?!」
早輝は目を見開いて「驚愕」と顔にデカデカと書いたような表情を浮かべた。氏真はそんな早輝の無知に少し呆れつつもコロコロと変わる表情を愛おしげに眺めた。
そして、思いついたかのような表情をすると、「早輝、誕生日はまだ来ていないな?」と焦ったように尋ねる。早輝は普段穏やかな恋人の焦った様子に驚きつつも、「はい」と小さく答えた。
🌸
「誕生日おめでとう、早輝。私からの誕生日プレゼントだ。」
「有難う御座います……って氏真様?どうして空なんて指し示しておられるのです?…あっなるほど、空の綺麗さを」
「違う、最後まで話を聞いてくれ。」
「え?『誕生日プレゼントだ』で終わりじゃないんですか。」
氏真は頭を抱えて「違う」と呟き、早輝の頭に手を置いた。早輝は不思議そうな顔で氏真の方を見つめた。
氏真は早輝の腰に手を添え、桜並木が続く庭園を歩き始めた。
「この土地を早輝に贈る。亡くなったお祖母様の土地だが、私より早輝が持っていたほうが良いと思って。土地にかかる費用や管理と手入れにかかる費用は今川が負担する。だからどうか、ここを守ってほしい。早輝の命ある限り。」
氏真は照れ臭そうな表情から一変。重苦しい表情を浮かべ、少しかがんで早輝の手を握った。早輝も氏真の真剣そうな顔をじっと見つめる。
___そう、二人共先の短い命を抱えたクローンであった。
「…少し重いかもしれないが…私がいなくなっても、ここに来て私を覚えていてくれ。お前に忘れられたくない。」
氏真は寂しそうに笑って、一人でまた歩き出した。
その笑顔が早輝の記憶の奥底に沈んでいた、今は亡き長兄である氏親の死に際の笑顔を引き出す。
「…ねぇ氏真様。人は2回死ぬんです。一度は、肉体的に。そして、誰の心にも残らなくなれば、完全に死んでしまうんです。私は…私は__
氏真様を生かしてみせます、この命尽きるまで。絶対に忘れません。」
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