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先輩と後輩(アラハギ) ページ36

「ま、まってよ!」


悲鳴を上げながら逃げていく人間たち。

妖術が消えて浮かんでいた机や椅子、譜面台が音を立てて床に落ちた。

音楽室に一人残されたボクは変化を解く。

妖怪の姿に戻ると込み上げてきた笑いを抑えることができず声を上げて笑う。


「あははは! 今のダッサ! あれだけ息巻いていたのにボクを置いていくなんて!」


やっぱり人間って自分の事しか考えていない。


「俺に任せとけって言ったのは何処の誰なのさ」


先ほど悲鳴を上げた彼はここに来るまでにボクに言った言葉をあっさりと翻した。

ピアノがひとりでに鳴る音楽室。


「……」


ボクの正体を知る人間なんていない。

別に知ってほしいとも思わない。

――ポーン……

どこか物悲しいピアノの音が音楽室に消えていく。


「退屈だなー……新しいおもちゃ、見つけないと……」


――ポーン……

ふと遠く懐かしい昔を思い出す。

人間同士の戦が始まる前、ボクのことを可愛がってくれたお爺さんとお婆さんの優しく撫でる手、呼び掛ける声。


「っ……」


ピアノの音が重なり繋がり曲になっていく。


「……はぁ……はぁ……」


最後の鍵盤を弾き終えると、パチパチと拍手が鳴った。

鍵盤から視線を移すとフジヒメが立っていた。


「知らないの? ピアノがひとりでに鳴る音楽室の七不思議。ピアノの音がする時には入っちゃダメなんだよ?」


悪戯にそう言えば、彼女は嬉しそうに駆け寄ってくる。


「知ってますよ! 四番目の七不思議ですよね? でも、アラハギさんのピアノがあまりにもステキなので入ってきちゃいましたっ!」


ボクよりも小さな彼女が抱きついてくる。


「ふふ、いくら七不思議の中では小柄なボクでもキミを受け止めるくらいは簡単だよ」
「もう一回弾いてください!」
「えー……」


今は正直弾く気分ではない。


「じゃあじゃあ、簡単なのでいいので教えてください!」


けれど、ボクよりも弱い彼女の我が儘に結局ボクは付き合うしかなかった。


「わかったよ。ほら、座って。手は……そう、上手。ゆっくり弾いてみよっか」


ボクを真似て鍵盤を弾く。


「……誰かに知ってもらいたいです。こんなステキな演奏をしているのはアラハギさんだって」


そう呟いたフジヒメの言葉はピアノの音に紛れて消えていった。

今夜の七不思議はいつもと少し違っていた。

ゆっくり前をいく音とその後ろを辿々しく追う音。

それはまるで猫の親子が散歩しているかのように思える演奏だった。

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作者名:桜日和 | 作者ホームページ:https://plus.fm-p.jp/u/sakura_biyori  
作成日時:2021年5月22日 16時

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