29話〜救い〜 ページ30
『……これが私の知ってる全部』
世界はまだ6月だと言うのに妙に蒸し暑くて、少しだけ雨の香りがした。
『あの人たちの言った通り、私は偽物で、過去に何をしていたのかも分からない人』
自分の身体中に広がる古傷の詳細だって私は知らない。
目に溜まった涙で視界が歪む。
『……巻き込んでしまうと分かってても関わりたいと思ってしまって、ごめんなさい。傍にいたいと思ってしまって、ごめんなさい』
今思えば学校なんてどうにでもできた。
転校なんてしないで、通信制とか探してみればいろいろ手段はあったはず。
それでももう一度学校へ行きたいと思ったのは、心のどこかで私を認めてくれる人がいるんじゃないかって思ってしまったから。
私を知らない場所でならもう一度……。
どこまでも甘さを捨てきれない私。
『みんなと、もっと一緒にいたいって、仲良くなりたいって思ってごめんなさいっ』
耐えきれなくなった涙が落ちる。
それを隠すように手で顔を覆った。
『……っ希望なんて、私が持っちゃいけなかった』
救われたいだなんてそんな期待を人の人生を狂わせてしまった私が持つ資格、あるわけがないのに。
『……ごめんなさいっ』と謝り続ける私を赤羽くんは黙って抱きしめた。
業「……Aちゃん」
すぐ近くで声がする。
優しい声が私の涙腺をさらに緩める。
業「……幸せになっていいんじゃない？」
『そんなのっ……いま、私の話聞いてっ……』
"私"が消えてしまうことに怯えて。
また誰かの人生を狂わせて。
誰かを傷つけて、また1人になれというの？
そんなの無理に決まってる。
業「俺は、皆がどうとかそんなんじゃなくてAちゃんの本音が聞きたい」
それなのに、どうして。
業「大丈夫、俺を信じて。独りになんて絶対にさせないから」
どうしてこの人の言葉はいつも私を救ってくれるんだろう。
この人は今の自分の声色が柔らかいことを自覚しているんだろうか。
そんなふうに言われてしまったら、弱い私はどうしようもなく縋りたくなってしまうのに。
『………わたしはっ』
また涙が落ちる。ポロポロと止まることなく。
業「……うん」
途切れ途切れに紡いでいく私の言葉を彼は静かに聞いてくれた。
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作者名：湯のみ | 作成日時：2021年10月11日 7時
