【文スト】裏を返せば全て善意 (ページ15)

今日:6 hit、昨日:18 hit、合計:16,835 hit

15 ページ15

.

隣を歩く、Aさん。
鼻歌まで歌う彼女は、ついさっきまで眠ったままだったようには見えなかった。

「それ、大鬼丸ですか？」

『いいや、大鬼丸はさっき特務課に置いてきた。直るかわからないけど』

「じゃあ別の？」

『そう、これは鬼丸。昔お世話になった刀だよ。でもこれマジで人斬れちゃうやつだから護身用ね』

手ぶらだと敦くんを守れないし、と彼女は笑う。
ネーミングセンスが…、とは言わなかった。

単純な疑問で、聞きたいことがあった。
だけど何だか少し、口にする勇気が足りなかった。

『それで？私に聞きたいことって？』

「あぁ、えっと」

『私の話したいことは敦くんの話が終わってからにするから』

いつも、話を振ってくれるから話しやすかった。
今だってそう。
彼女が切り出さなければ、聞かなかったかもしれない。

「Aさんは昔、特務課にいたって聞きました。そこから社長が無理やり引き抜いたって」

『ほう』

「だからまあ、大したことではないんですけど、どうしてそんなことになったのかなって、思って」

話せば話すほど、プライバシーの侵害のような気がしてきて、気が引けた。
彼女がそんなことを気にする人ではないことは知っている。
でも、聞かれたくないことだったらどうしよう、と不安にも思った。

『特務課にいたのはホント。でも引き抜かれたってのはちょっと語弊があるかもね』

「語弊？」

『あんまり公にできる話じゃないんだけど、引き抜いて貰ったんだ』

みんなには内緒だよ？、と彼女は人差し指を口に当てる。
知っているのは社長と乱歩さん、バレているのは太宰さんだろうと言う。

当時、たった十一の女の子。
普通なら学校に通って、お洒落をして、遊んでいたっていい歳だ。

でも彼女はそうではなかった。
その年で探偵社に来たならば、もっと前から特務課にいたのだ。
もっと前から、何か問題があったのだ。

『幼い頃、母は異能特務課の建物の前に私を捨てた。この刀、鬼丸と一緒にね』

「孤児、だったんですか」

『うふ、そう。君と同じでね。でもね、私には問題があったの』

そう言うと、彼女は腰の刀に手を乗せた。

愛しそうな表情で、それでも僅かに悲しそうに。

『刀を握るとね、人を斬らなければならない、と無意識に思ってしまったの』

「無意識に、ですか」

『異能力のせいと、母にそう育てられていたから』

彼女はちっとも悲しくなさそうなのに、何故か僕が泣きたくなった。