ヨザクラミチシルベ ―神威に餞―混戦編

第八十八刀　：　己の罪と、己が贖罪 ページ9

こんのすけさんの話を聞いた後
本丸の自室へとかえった俺の前に、
戻ってわかれて、
一時間とせずして三日月さんが現れた。

「・・なあ、主よ」

障子一枚をへだてた向こう側、三日月の影と、
うど暗いその気配を感じながら、霞は障子の前まで歩く。

「主は、やはりここにいたいとは思わぬか」
「・・何を聞いてるの・・それは、」

つまりは俺が
現世に帰りたいと思っているかを聞いているのだろうか。

「・・・俺は、ここで生を終える気なんてないよ。
俺は現世にかえって、また、友達と馬鹿をやるんだから」

脳裏では智樹が笑っていた。

――彼によく似たあの青年も、ともにかえろう。

その時、俺は彼のことを智樹に紹介するんだ。
お前によく似た先輩を見つけたよ、と。

「・・主、帰らねばならぬのか、ここにいてはならぬのか」
「・・三日月さん？」
「主はここにいてはならぬのか？
最期の時などこない！ のう、主！
生を終えるなどと言うでない、俺がいる。
俺とともにいれば、お主には終焉など来ぬ、のう、」
「・・・三日月さん？
まって、三日月さん何いってるの？」
「―――あるじ、」


障子がきしむ。
床が鳴り、背筋にはしる冷気にこおりつく。

「・・主、かえるなどと申すな・・
主はここにおればいい・・
そう、現世にかえる必要などないのだ。
そうだ、主よ、
―――帰るという選択肢などなくしてしまえばいいのだろう？」
「・・・何、まさか、」

現世で何をする気だと問いかけて、

「大丈夫だ、主、お主が気に掛けることなどないのだから。
お主は何も心配せずに、―――余計なことを、考えなくていい」

―――障子が

「主よ、」

割れた。

「お主のかえる場所は、もう、ここなのだ」

――その"場所"が

果たしてこの本丸をさすのか


「み、」

抱きこまれたこの胸をさすのか

俺には判断ができなかった。


「・・主、主の選択するべき場所など、ここ以外にはいらぬ。
そうだ、主よ。先が、未来が、終わりが気にかかるというのなら、 」



――その終焉さえも奪ってしまえばいい



「ああ、主。愛しい俺の主よ。
お主は何も、心配しなくてよい。
俺がすべて、すべてを、変えてやろうな」

ひりひりと背筋に伝う冷気と、
こおりつくほどなまぬるいその吐息が首筋をはしる。

矛盾さえ浮かぶそのふたつを、
俺はただ、何かさえこたえる術なく、見逃すしかなかった。



―――三日月宗近。
もう、彼は、手遅れなのだから。

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