🐾威嚇 ページ8
🔆
逃げ出した柚原は、校舎裏まで。
抱えていた教科書が手元からすり抜けたように地面に散乱し、上履きのまま砂の上。
幼い頃からよく問いかけられた。
何で返事もしないんだ、と。
相手の顔色を伺って望んだ言葉を選んでいる訳はない。
誰かに失望されたくなくて、閉ざしたこともない。
ただ、淡々と通り過ぎる日々に。
魂に刻まれた呪いのような記憶が、幸せに触れる事を戒める。
「……ｯ」
円堂の傍なら、少しだけ今の生へ向き合える気がしたのに。
突然投下された現実は、異なる人生を歩んだ記憶を持つ柚原を異物だと言うように切り離す刃物。
「……っ、……ぅ」
胸を抑え、震える指先で喉元へ触れる。
“無駄だよお姉ちゃん。お姉ちゃんのことなんて好きな人だぁれも居ないもん”
「……ひっ」
“可愛げが無いのね……本当に私の娘なの？ありえない”
「……ぅ、…」
少しづつ褪せていたはずの記憶がフラッシュバックしていく。
“気持ち悪い。話しかけないで”
“出ていけ”
小さく蹲り、まるでこの世から居なくなりたいと。
もう誰にも気にされないまま、知られないまま。ひっそりと塵になれたらいいのに。
もう誰も、私なんて─────……
「ゆず！！！！」
肩がびくりと跳ね上がる。滲み歪み始めた視界に映る姿。
校舎から走ってくる円堂の姿と、その後を追いかける木野の姿。
見付ないで、放っておいて。
「柚原さん！」
円堂と木野が駆け寄り、蹲る柚原へと手を伸ばした瞬間。
乾いた音が響いては、始業ベルがなり始めた。
「……ゆず？」
じんじんと痛む手の甲。
振り払われた円堂の手と、まるで身を守るように威嚇するような柚原。
「柚原さん、」
困ったように視線が揺れる木野と、振り払われた衝撃に何も言えなくなった円堂に。
柚原は睨み付ける。蹲り土に汚れた制服が風になびいていく。
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作者名：楸 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hisagi/
作成日時：2024年3月11日 2時
