ワンパンならぬワンキック

幼い夢 ページ37

「ねぇ、いっこだけ、約束」


幼い目の前の“彼”は、泣きそうな顔でそう言った。
まん丸の瞳は涙で潤んで、ふっくらしたほっぺは殴られでもしたのか少し腫れていた。

俯きがちな彼を見て、私はよく理解ができないまま「うん」と言った。今より少し高い声で。

ああ、これは多分、幼少期の記憶なんだろうな。けれど、目の前の男の子に見覚えも無ければ、こんなシーンに心当たりもない。
私にとっては重要じゃなくて、何でもない記憶なのかもしれない。けど、そんなものが何故今？


「もし、ぼくが＿＿＿」


そんなことを考えていたら、何か決意したような顔で、目の前の子は言葉を紡いだ。きらりと光った瞳に射抜かれて、何故か少し寂しかった。


幼い子供の、ちいさな、儚い約束事。


私は「うん」とそれだけ言った。そう言う他なかった。
目の前の“彼”はへにゃりと笑って、いつの間にか握っていた手を離す。

「ばいばい」と、それだけ言って走り去っていった。
いつの記憶だろう、なんの記憶だろう、これは。思い出せない“彼”は、一体何故あんな約束をしたのだろう。

ぼうっと意識が遠のいていく中、そんなことばかり考えていた。





ぱち、と目が覚める。いつもと違う起床の風景に、ここが旅先であることを思い出した。枕元のスマホを手に取って時間を確認すれば「5:23」の表示。通りでまだ薄暗いわけだ。

布団から出てドアを目指す。今朝はアッサムティーの気分だが、そんな洒落たものはいくら高級旅館の自動販売機といえど無い。レモンかピーチかミルクか…昨日はその３種しかなかった気がする。

がら、と開き戸を開けて外に出る。


もう、夢の内容は覚えてなかった。

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